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借りた部屋の扉を押し開けて中へと足を進めようとしたレイヴァンは突然背後に人の気配を感じた。
素早く振り返ろうとするが、相手はそれよりも尚早く背中に硬い鋭利物を突き付けて静止するように求めてくる。
一瞬で動きを封じられてしまった彼は心の中で舌打ちするのと同時に背後を取った相手は何者だと憶測を始め、如何にして抜け出そうかと策を練る。
だが、相手の第一声によって警戒心は見事に崩され、全身には自分の不甲斐なさを悔やむ念が駆け巡った。
「これで四回目ね」
しっとりとした艶やかな女性の声。
レイヴァンは相手の正体がフィーネだと理解すると盛大に溜め息を漏らした。
「宿の中だからといって警戒を怠るのは良くないわよ? ……最も、マリアンのあられもない姿を見てしまった後では注意力が散漫になってしまうのは致し方ないことなのかもしれないけど」
「あんたの仕組んだことだったか」
「仕組んだなんてとんでもない。 私は彼女の着替えを隠す悪戯をしていただけよ。 それが、まさか同じ時間帯にあなたが泉にやってくるなんて思ってもいなかったわ。 偶然って怖いわね。 ……ところで、顔が瓜二つってことは身体も同じような体型をしていたりするのかしら? だとしたら内心穏やかでは居られないわよね」
「ここに来た目的は何だ」
「そんなに恐ろしい声を出さないで。 昨夜話したいことが他にもあるって言ったでしょう? だからこうして夜這いに来たんじゃない」
レイヴァンは相手が故意にミレーニアの話題に触れようとするので苛立ちを覚えたが、背後を取られているので下手に逆らうことが出来なかった。
彼女は握りしめた得物を躊躇うことなく突き立てる性格なのだ。
せめてもの抵抗にと「これのどこが夜這いなんだ、言うならば夜襲だろう。 それに世間話をするためだけにわざわざ不意打ちを行うとは実に熱心な誘いだな」と皮肉を込めてみたが、それも「ベッドの上でなら、より情熱的に貴方を誘えるのだけれど、今夜あたり如何かしら?」と容易く返されてしまった。
思わず額に手を当てたレイヴァンは半ば諦めた様子で「これ以上廊下で騒ぐのは避けたいし、取り敢えず部屋に入っても良いだろうか」と深夜に訪れた刺客に向かって尋ねた。




