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紅い月が天頂に昇る頃、マリアンは一人で精霊の泉を訪れていた。
人前で肌を晒すことになるため泉に浸かるつもりは無かった彼女だが、三人の女子学生と共に戻ってきたリルが口を開く度に「泉は素晴らしい所です。 超癒されるです。 是が非でも入った方が良いです」と褒めちぎるので少しずつ興味が湧き、最終的には寝付けなくなるほどに気になる存在となってしまった。
それでも、やはり他人と同時に入るのは憚られたため、皆が就寝する時間帯に訪れることにしたのだ。
彼女は泉に併設された小屋で湯浴衣に着替え、長い髪が濡れないように綺麗に結い上げてから外へ出た。
深夜の風は薄着一枚となった肌には冷たく、泉特有の臭いにも未だ慣れることはなかったが、初めて見る泉は想像以上に広く、辺りに広がる白い湯気と夜空の下で篝火に照らされながら静かに揺れる水面の様子が何とも神秘的で、思わず感嘆の声が漏れる。
そして泉に浸かってみると友人が熱心に語った理由が解り、精霊の名を冠するに相応しい場所だと確信した。
暖かく優しい温もり。
悪魔に狙われる存在である自分が一つの場所に留まっていたら周りの人たちに迷惑をかけてしまう。
その一心で住み慣れた街を離れると決意した以上、修道院での平穏な生活が恋しいと弱音を吐くつもりは無いが、弱気な感情を吐露したとしても泉は優しく受け入れてくれそうだ。
そして目的地であるロディニア国を目指して歩き続ける日々の中で蓄積されていく疲れが嘘のように取れていく。
このような場所があるなんて実際に体験している今でも信じられなかった。




