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力無く両膝から崩れ落ち、一瞬の虚無感から直ぐに悲しみが溢れ出した。
ただただ嘆き続けるだけで最早何の役にも立たなくなった男にも悪魔は容赦しなかった。
先程までは剣を握り、今は床を掴むだけの右手に黒い刃を突き立て、こちらが呻き声を上げる度に笑い声を上げた。
何度も何度も執拗なまでに右手の甲を突かれ、心身ともに傷付き自然と「殺してくれ」という言葉を漏らすと、悪魔は口が裂けるのではないかという程に口角を吊り上げ「喜んで」と黒い剣を振りかざした。
これで終わりだと目を閉じたが、その時は一向に訪ずれることが無かった。
不思議に思い顔を上げると、そこには白髪の老人が自分と悪魔の間に割って入っており、堂々と相手に対峙していた。
彼は視線を感じたのか、こちらを振り返り優しい笑顔で労いの言葉をかけてくれる。
それから真剣な表情になり自分に対してまだ死ぬべきではないと言った。
奴らに抗えるのはお前しか居ない。 だから、どんなに辛くても生きろと。
そして最後に、後は頼んだぞと言うと彼は自分の知らない呪文を唱え始める。
詠唱が始まると自分は霊力に包まれていき、我に返った時には広間とは全く違う場所に転移していた。
それが王宮の外郭門を出た所だと気がつき後ろを振り返ると、その時感じていた強く優しい霊力が弾けるように消滅した。
「クロノス!」
レイヴァンは自分の叫び声で目を覚まし、世界は一瞬にして現実へと切り替わった。
灯りを消した室内。 寝具に横たわっていた自分。
身体を起こし呼吸を整えると視線は自然と隣に向いた。
普段なら、ここにはリルが寝息を立てているはずなのだが、今回は宿泊費が安かったため一人一室を借りていて今は一人きりだ。
彼女を肉体的な慰み者として扱った事は一度も無いが、悪夢から目覚めた時に無邪気な寝顔の彼女を見ると妙に心が落ち着くので精神的な慰み者と言ったところだろうか。
彼女が居ない事に少しばかりの寂しさを感じた弱い自分を嘲笑ってから立ち上がると窓の外を見た。
紅い月は天頂を過ぎようとしていた。
ミレーニアのところで目覚めず、自分の師が夢に出てきたのは、やはり彼の孫であるノアとリノに出逢ったからであろうか。
この広い大陸で彼の血縁者に出逢うことになるとは思ってもいなかった。
嫌いな言葉だが、運命というものは存在するのかもしれない。




