~ 61 ~
長い黒髪を簪を用いて綺麗に結い上げてから泉に浸かったフィーネは場都合の悪さを感じていた。
山林を進んだ先の小さな村にあった精霊の泉。
立派な名前が付いているので唯一無二な場所なのかと思いきや村の中だけでも複数箇所に存在していると知り、またそれを金儲けにしている連中がいることに大層驚いたが、少女たちが語ったとおり泉自体はとても居心地が良く、浸かっていると全身の疲れが取れていくのが解る。
一人で居れば間違いなく至福の一時と言えるであろう。
それなのに、今は三人の少女たちに絶え間なく見つめられていて、どうにも精神が休まるように感じない。
舞台で踊っている時は心地良いと感じている他人の視線が、これほどまでに不快に感じるとは思いも寄らず、その差異を考えてみると普段締まりの無い顔をした男たちの相手ばかりをしているから単に真顔で見つめられることに慣れていないだけかもしれないという結論にたどり着いた。
この状況下から如何にして抜け出すかを思案していると、見つめてくる少女のうち青髪のリノが「質問しても良いかしら?」と口を開いた。
子供相手に世間話など御免だと思ったが、特段断る理由がなかったので渋々頷いて続きを促すと、彼女は真顔で「どうして湯浴衣を着て来なかったの? もしかして約束を破ることに喜びを感じる体質なの? それとも私たちに身体を見せびらかすことで優越感に浸りたかったの?」と質問を並べた。
「私は約束を守る性格よ。 それに、あなたたちに身体を見せて優越感に浸るほど落ちぶれてもいない。 どうせ見せるなら色男を選ぶに決まっているでしょう?」
「だったら、最初の質問に対する答えは?」
「それは単に服を身につけたまま泉に入るという行為が腑に落ちなかっただけよ。 濡れた服が身体にまとわりつく感覚は不快以外の何物でもないし、万が一何かあった時、泉に剣を持ち込めない時点で圧倒的に不利なのだから、身体に違和感を感じていては不本意な結果になるかもしれない。 そう考えると、この場では着るべきではないと判断したの」
「いざという時は裸で戦うと?」
「そうなるわね。 大した武器が無いから逃げることに専念するかもしれないけれど」
「あなたは羞恥心って言葉を知っているかしら?」
「当然でしょう。 でも、恥ずかしがっているうちに殺される事は、もっと恥ずかしいわ」
「そう言うものなのかしら」
「私の中ではね」
リノが腕を組み唸りだすとフィーネは何時になく饒舌に答えた自分自身に呆れて一つ息を吐いた。
ここからは大人しく泉に浸かって過ごそうとしたが、一つの打算が働き「私も尋ねたいことがあったわ。 今し方こちらが答えたのだから、あなたも当然答えてくれるわよね?」と目を光らせた。




