~ 60 ~
いきなり叫ばれ面食らった様子を見せていた女性だが、そのまま戸惑ってしまうような人間ではなかった。
それどころか言葉の真意を汲み取り、自分の言葉に対して相手がどのように反応するのかさえ瞬時に判断できる思慮深さを持ち合わせていた。
今しがた目の前で叫び、急に立ち上がった少女が自分の体型、特に胸に対して劣等感を抱いていることも直ぐに察することができた。
まだ十代半ばという年齢から考えれば至って普通の体型で「これから成長するから気にする必要はない」と言ってあげることが最善の回答だと思われたが、いきなり叫んできた事を少しばかり後悔させてやろうという思いが芽生え、彼女は相手をからかうことにした。
「別に自慢するつもりはないのだけれど、この身体にはちょっとだけ自身があるから褒めてくれて嬉しいわ。 あなたも一部の男たちに受けが良さそうな、無駄の無いすっきりとした体型をしているわね。 戦闘時は機敏に動けそうだし羨ましいわ」と落ち着いた口調で答えると、少女は苛立ちを隠さず直ぐに「別に褒めていないし、受けを狙っている訳でもないわよ! それよりも早く湯浴衣を着てくれないかしら! 精霊たちの機嫌を損ねたら大変だもの!」と返してきた。
その様子がおかしくて女性は静かに笑みを浮かべる。
「ムキになるのは若気の至りというやつかしら」と誰にも聞き取れない音量で呟くと、声の調子を戻して「私の身体に満足しないなんて精霊たちは贅沢な目をしているのね」と続けた。
「フィーネさんでしたっけ!? 精霊はね、霊力を持たないあなたのことなんて、これっぽっちも興味が無いの! 何度も言っているでしょう!?」
「そうだったかしら? でも、その理屈からすると霊力を持たない私は精霊から無視されるはずだから、湯浴衣を着ていようがいまいが問題にならないってことにならないかしら?」
「そ、それは……」
「興味がない相手でも湯浴衣を着ていないかを目敏く見つけだし機嫌を悪くした挙句、その場に居た全員に加護を与えないとなると、それは精霊としての器が小さいと言うしかないわよね」
フィーネが立て続けに並べた言葉に対してリノは反論ができなかった。
悔しそうな表情を浮かべながら、それでも何とか言い返してやろうと考えていると、隣に居た同級生のシンディが声をかけた。
「リノ、残念ですけどフィーネさんの仰っている事は筋が通っていますわ。 確かに泉では湯浴衣を着ることが礼儀ですが、着用を義務付けているわけではありませんから罪を咎める訳には参りません。 もっとも、義務付けられていないのは不特定多数の人が訪れる場所で、ここまで堂々と裸で立ち振舞う人を想定していなかっただけかもしれませんが」
「それは言葉に棘があるってもんだろ」
シンディの言葉に今度はアーシェが話に割って入り珍しく仲間を嗜める。
「ですが、何の反論もしないのは何だか無条件で負けを認めたようで悔しいではありませんか」
「そうは言っても第一声目から無条件で綺麗だって認めていただろ? 今更何を言っても見苦しいだけだと思うぞ。 それよりも今回の場合は素直に認めて、精霊とフィーネさんによる二重の効果に肖るべきだと思うんだよね」
「何ですか、その二重の効果というのは」
「母ちゃんから聞いたことがあるんだけど、女性が西部遺跡にある古代女神像のお腹を撫でると子宝に恵まれるんだって。 あたいはその加護のお陰で産まれたんだってさ。 それで思ったんだけどフィーネさんの胸を撫でれば…… しかも、泉に浸かりながらであれば尚更に、それらの効果は重なり合い一層の加護を受けられると思わないか?」
アーシェが答えると、シンディは驚いた表情を見せるものの直ぐに目を輝かせて「なるほど」と頷いた。
同時に、悔しそうにしていたはずのリノも表情を一変させ期待感を浮かべながら「一理あるわね」と続く。
「……あなたたち何を考えているのよ」
三人の変化にフィーネはただただ呆れた。




