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「こ、これが精霊の泉…… 聞いていた以上の力です…… むしろ悪魔の罠かと思うぐらいにすごいです。 精霊の泉の中でリルは全身の力を奪われ、抗う術というものがまったく見つからんです。 リルはこのまま泉から抜け出せずダメダメな女に成って行く気がするです。 ごめんなさいです、ご主人様」
「……大袈裟過ぎ」
日が沈んで間もない頃、篝火に照らされながら乳白色の泉に浸かるリルが目尻を下げると、向かい合っていたリノが白い目を向けた。
「大袈裟じゃないです。 こんなに気持ち良いお風呂、リル初めてです! 疲れも取れまくりです!」
「着替えの際に言ったけど精霊の泉は断じてお風呂とは違うから。 お風呂だったら湯浴衣なんか着て入ったりしないでしょう? ……そうだ! 無知なあなたに先に言っておくけど、ここはとても神聖な場所なの。 だから、ここで身体を洗ったりするような真似をしたら容赦なく精霊術をお見舞いして阻止するからね」
「こんなに気持ちが良いのに何でご主人様やマリーさんは入ろうとしないのでしょう。 ご主人様は日が暮れる前にギルドへ行っちゃったから入れないとしても、マリーさんは宿の部屋で休んでいるって言っていたです。 休んでいるだけなら一緒に来れば良かったのです。 ……まさか、マリーさんは精霊の力を借りなくてもよいと言うことですか!? ……た、確かに、あの大きさなら必要無いかもです。 リル、初めてマリーさんを恨めしいと思ったです!」
「ちょっと!私の話聞いてる!?」
「何がですか?」
「だから!」
リルの回答にリノは青筋を浮かべ思わず立ち上がった。
そのまま声を荒げようとしたが、それよりも一瞬早く新たにその場にやってきた二人がリノに向かって話しかける。
「せっかく精霊の泉に来たんだ。 細かいことは気にせず皆でゆっくりしようぜ」
「アーシェの言うとおりです。 こんなところで術を発動して精霊さんの機嫌を損ねたら大変ですよ」
「……解ってるわよ」
同級生の言葉に我に返ったリノは自分の軽率な行動に少しばかり頬を赤らめながら泉に浸かり直すと、両隣に座った二人に向かって「こうなったのは二人が遅かったからなんだからね!」と口を尖らせた。
「いやいや、どっちかって言うとリノとリルさんが村に入った途端に皆の制止を振り切って泉に駆けて行った結果だと思うんだけど?」
「それは、目の前のこの人が一番最初に泉に辿り着いた人が一番加護を受けられるとか言い出すから!」
「そんなの嘘だと解っているだろ?」
リノの隣でアーシェが答えると「精霊さんたちは平等に加護を与えて下さいますからね」とシンディも続ける。
「解ってるってば……」
更に場都合が悪くなったリノが身体を小さくして口元まで泉に浸かると、その様子を見た同級生二人は同時に笑った。




