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山林を歩く総勢九名の一行。
彼らが日の出から間も無い時間に野営地を発ってから数時間が経っていた。
既に日は天頂を越えており、あと少し経てば辺りは夕闇に包まれるだろう。
そうなる前に何としても本日の目的地である精霊の泉があるという村に辿りつかなければならなかった。
先頭を行く小柄で眼鏡をかけた少年ノア。
彼はロディニア国の南都と呼ばれる街サウスローに住む学生で、通っている精霊術学校を卒業するため溶岩ミミズの悪魔ラヴァワームを封印することを自らに課していた。
戦闘能力が皆無な彼にとって、それはとても無謀なこと。
しかし、王宮に勤めるという夢があり、それを諦めることができないため旅を敢行していた。
予定としては今日中にワームを封印する段取りだったのだが、地図を読み間違えたのか経路を大きく外れ仲間と逸れた。
泣きっ面に蜂とはよく言ったもので、一人になった途端に巨大蜘蛛に襲われる恐怖も味わった。
命が危険に晒されたが、偶然通りかかった旅のハンターたちに助けられ、今も何とか旅を続けられている。
けれども時間は刻々と過ぎており学校へ戻る時間を考えると戦闘前の移動に費やせる時間は今日しかなかった。
明日には悪魔を封印し帰路につかなければ試験の期日に間に合わない。
少年は疲労から重く感じるようになった足を必死に動かして前へ進んでいた。
そんな彼の背中を見守るように大柄な青年であるブライトと修道女のマリアン、そして小柄の少女リルが後に続き、更にその後を金髪の好青年レイヴァンと黒髪の美女フィーネが追っていた。
長時間の移動により疲労から皆の口数が少なくなってきた中、今までずっと距離を取っていたフィーネがレイヴァンに近寄ると声をかけた。
「あなたが、あんな子供のために屁理屈並べて肩入れするなんてどういう風の吹き回しなのかしら」
面白そうに尋ねる彼女に向かってレイヴァンは一瞥をくれてから「別に」と答える。
「素っ気のない返事なんかしないで、教えてくれたって良いじゃない」
「大した理由ではないからな。 伝える価値がない」
「でも、メフィストフェレスの討伐を後回しにしてでも肩入れしたい理由ではある」
不敵に微笑む彼女に向かって彼は一つ息を吐いた。
「あんたは、わざと曖昧な表現や的外れなことを言っておいて、急に核心を突いてくるきらいがあるから腹が立つ。 朝の一件があるし、察しが良いあんたなら既に理由は解っているのではないか?」
「解っていたらわざわざ尋ねたりしないわよ」
「ならば、結局は勘が鋭いということか」
「女の勘が鋭いのは世の常でしょう?」
「男にとっては、ありがたくない話だな」
嘆くように呟いたレイヴァンは先を行く少年の姿をしばらく見つめてから徐に口を開いた。
「あの少年の祖父には数え切れない程の借りがある」
「彼の祖父はロディニア国の丞相とか言っていたかしら?」
「そのとおりさ。 彼は偉大な賢者であり聡明さは大陸一と言っても過言ではなく、俺個人にとっては剣術以外の全ての師であった人だ」
「そんな凄い人を師と仰げるということはレイも相応に凄い人ってことよね?」
「……まさか。 俺は単なる田舎生まれの一兵卒。 つまらない男さ。 なのに、あの爺さんは俺に多くの事を教えてくれた。 今の俺があるのは彼のお陰だと断言できる」
「だから、目的の達成を遅らせることになると分かっていても、その人の孫には協力したい訳ね」
「この程度で借りを返せるとは到底思えないがな……」




