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ブライトは「美女の名前はフィーネって言うんだけどさ、これが本当に半端無い色香なんだよ! 服装も大胆でさ、あの格好を一度見ちまったら釘付けだぞ。 ちょっと性格や言葉がキツい感じもするが、そこがまた堪らないんだ」と熱く語りながら少年の肩を抱き、意気揚々と野営地へと戻ろうと振り返る。
しかし、歩き始めて直ぐ、たった一歩足を踏み出したところで彼の身体は動きを止めた。
目の前に倒したはずの巨大蜘蛛が居たのだ。
驚きのあまり声も出せない二人に向かって相手は太い前足を振り下ろす。
その一撃を咄嗟に避けることが出来たのは、これまでの経験が活きたことが一割、後の九割は単に運が良かっただけであろう。
少年を抱きしめたまま地面に倒れこんだブライトは忌々しそうに一つ短い息を吐くと、直ぐに立ち上がろうとした。
だが、その視界に更なる驚愕の事実が突きつけられる。
黒い巨体が他にも居るのだ。
捉えただけで、ざっと三匹。
目の前の相手を入れたら四匹。
そこで彼は相手が蘇ったのではなく仲間が報復するために集まってきたのだと察した。
となれば、見えていない所や、奴らの後ろには更なる増援が居たとしても不思議ではない。
利き腕は負傷中。
腕の中には戦えない少年。
ばら撒いた精霊石までは距離がある。
どう考えたって勝ち目がない。
「俺たち、このまま囲まれてバリバリ喰われちゃったりするのかな? 俺なんて喰ったって不味いと思うんだけど」
「く、蜘蛛は…… 蜘蛛は消化液を獲物の体内に注入して中身を液体にしてから飲み込むんです。 い、いわゆる体外消化って言うんですけど…… だ、だから、食べ終わると獲物の中は空っぽになっているんですよ」
「お前、こんな時にそんな恐ろしい解説するなよ! 内臓溶かされるとかマジ勘弁してくれ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 怖くて震えが止まらないのに、な、何故か妙に頭が冴えちゃって……」
「だったら、助かる方法を考えくれ!」
「それは、まったく思いつきません!」
少年が叫ぶのと同時に蜘蛛の容赦無い一撃が再び鉄槌の如く振り下ろされた。




