~ 22 ~
「ベルゼさんはこんな屋敷を構えているのか。 実に悪趣味だね。 壊しちゃおうか?」
メフィストフェレスは天鵞絨に覆われた長椅子に腰を下ろし、華やかな家具が並べられた広い部屋を見渡しながら悪態をついた。
彼が降り立ったのは頂に白銀の傘を被る山々の麓。
ひんやりと冷たい辺り一面に森が広がり見事なまでに生き物の気配が無い辺境の地。
そこに突然現れた大きな屋敷を視界に捉えてから今こうして席に着くまでの数分間で既に両指では数え切れないほどの悪口を吐き出している。
その度に屋敷の主人に仕える悪魔ウコバクは「冗談はおやめください、メフィストフェレス様。 この屋敷は御館様が大層気に入っていらっしゃいます」と必死に説得を繰り返していた。
「こんな人間臭い屋敷の何処に魅力があるんだろうか?」
「この屋敷には元々人間が住んでいましたから人間臭い雰囲気なのは致し方ありません。 しかしながら、その点を差し引いても、この屋敷の意匠や集められた美術品、嗜好品の数々は大層趣があるとお気に召しておいでです」
「全くもって理解できないや」
メフィストフェレスは顔をしかめながら目前にある紅茶のカップを摘まみ上げると、側面に描かれた青色の模様に一瞥をくれる。
そしてそのまま口に運ぶのではなく腕を伸ばし紅茶を淹れた本人の頭上で躊躇無く覆した。
適温で淹れられた紅茶ではあるが、身体で浴びるには温度が高過ぎる。
ウコバクは短い悲鳴を上げた後、絨毯の上で頭を抱えてのたうち回った。
「鼻垂れにしては、なかなか良い反応だ。 面白いよ」
その様子を見てメフィストフェレスは腹を抱え椅子の上で脚をバタつかせる。
「お戯れが過ぎます」
頭を拭きながらウコバクが立ち上がろうとすると、丁度同じタイミングで部屋に落ち着いた声が響いた。
「メフィストフェレス君は柑橘系の香りをつけた紅茶は嫌いだったかな?」
その声の主を察したメフィストフェレスは盛大に顔をしかめながら相手を睨みつけた。
「人間の飲み物を口にする趣味は無いね」
「一度飲んでみれば、その素晴らしさが解ると思うよ」
「絶対に要らない」
「それは残念だ」
現れた男は嘆くように首を振ると、誘いを断った相手と向かい合うようテーブルを挟んで席に着く。
それと同時に「いつものを」と短い指示を従者に出した。
頭を拭き終え傍らに控えていた悪魔は「かしこまりました」と恭しく頭を垂れてから部屋を離れた。




