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「マリアンちゃんは何も悪くねぇよ!」
ブライトが声をかけたのはマリアンが幾分落ち着きを取り戻し、すすり泣きに変わった頃だった。
泣いてる彼女に向かって彼は声を荒げて言う。
「正直、俺には女神の教えとか修道の心なんてものは何も解らない。 難しいことはさっぱりだ。 でも、マリアンちゃんが泣くのは間違ってるって解る。 だってそうだろ? マリアンちゃんはレイヴァンのことを思って考えたんだ。 マリアンちゃんらしい優しさじゃねぇか。 それなのに女神はそれを許さないって言うのか? 身を犠牲にしようとしたら心が汚れているって言うのか? そんなのおかしいだろ?」
「……修道女としては不適切な考えなのです」
「だったら、女神ってのは余程器が小さいんだな。 俺たちは人間だぞ、誤った選択をすることなんて茶飯事だ。 それをたった一回間違ったぐらいで。 マリアンちゃんがどれだけ真面目に毎日お祈りしているのか女神は知ってんのか!?」
「考えを間違えた私が悪いのです! 女神様は何も悪くありません! ですから、これ以上女神様を冒涜しないでください!」
「マリアンちゃん、どうしてそこまで……」
充血した眼で声を上げたマリアンの表情にブライトは気圧された。
珍しく怒りを露わにして言葉を紡いでいたが、その感情を一瞬で削がれてしまった。
そうなると今の彼に残る考えは拙いものばかり。
気の利いた言葉は並べられそうにない。
どうしたものかと悩んでいると彼女が先に口を開く。
「ブライトさん、ありがとうございます。 ブライトさんの心遣い、すごく嬉しいです。 おっしゃったとおり話をして、泣いたら幾分心が晴れた気がします…… ですが、やはり最後は私自身の問題ですから」
マリアンは深々と頭を下げてから笑顔を見せた。
だが、その笑顔の不自然さと言ったら……
ブライトの中で再び苛立ちが芽生える。
単純だの馬鹿だのスケベだの、周りからは散々なことを言われる彼だが、唯一決めた信条があった。
それは、決して女性を悲しませないということだ。
悲しませるぐらいなら、わざと怒らせる。
そして女性を悲しませるような輩は例え誰であろうと許さない。
一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
だが今回の相手は女神。
存在しない相手だ。
歯ぎしりをした彼だったが、ふと殴る対象がいることに気がついた。
それも都合良く起床の頃合いとなっている。
……叩き起こしてやる。
ブライトは剣呑な雰囲気で洞穴に足を向け歩き始めた。
「ブライトさん、急にどうされたのです?」
様子がおかしいことに気づいたマリアンが声をかけるとブライトは真顔で答える。
「よくよく考えたらマリアンちゃんが悩む原因を作ったのはレイヴァンだ。 あいつが勘違いさえしなければ、マリアンちゃんは苦しまずに済んだんだ。 だから、あいつをぶん殴りに行く」
「そんなこと止めてください!」
「いいや、無理だ。 これは俺の考えの問題なんだ」
そう答えたブライトはマリアンの言う女神と言う存在が、自分で言うところの理屈抜きに譲れないモノと同義なのかも知れないと、少しばかり彼女の気持ちが解った気がした。




