~ 12 ~
先程とは別の空気が張り詰める中、レイヴァンの腕の中でフィーネは小刻みに肩を揺らし始める。
そしてついに堪えきれなくなったのか声を上げた。
「短剣を突きつけた時よりも動揺するなんて変わり者にも程があるわよ。 普通は逆でしょうに」
「黙れ」
「今のあなたに睨まれても怖くないわ」
笑みを浮かべる彼女はレイヴァンの腕から抜け出すと、地面に落とした短剣を拾い上げる。
そして手際良く革製の鞘へ戻してから、何事も無かったかのように彼と対峙した。
「話したいことは他にもあるけれど、今日はこれくらいで止めといてあげる。 続きは後日宿のベッドの上でしましょう」
「断る」
「そこまで間髪を容れずに返されると、女としての魅力が無いのかと流石に不安になるわ。 もっとも、次の話を聞いたら、あなたは魅力云々関係なく私の要求を断れないでしょうけどね」
「どうだかな」
「あなたはとても優しいもの」
「俺はあんたが考えている通り過去に縛られている情けない人間だぞ? あんたが求めるような男ではなかろうに」
「男なんて大抵そんなものよ。 それに見た目が良い上に剣の扱いにも長け、それこそ人ではないような強さで出来過ぎたあなたの弱さを知って余計に興味が出てきたわ」
「あんたも相当に変わり者だな」
「変わり者同士、明日からも仲良くやりましょう」
洞穴へ戻るため踵を返し歩き出したフィーネだったが、数歩進んだ後、不意に立ち止まった。
そして振り返ると「何につけても一人で溜め込むってのは身体に良くないわ。 我慢できなくなったら何時でも言いなさいよ。 私がちゃんと受け止めてあげるから」と再び口を開き、しなやかな人差し指で艶っぽい唇に二度触れてみせる。
「……おい」
「それじゃ、おやすみなさい、レイ」
「おい!」
「小娘だけが特別な呼び方をするのは気に食わないから、私もこれからはあなたのことを特別な名で呼ぶことにするわ。 何と呼ばれても構わないのよね?」
質問を見透かされた上に反論の余地すら与えられず顔をしかめたレイヴァン。
その様子にフィーネはほくそ笑むと身を翻して軽い足取りで洞穴へと戻っていった。
彼女の姿が見えなくなると彼は天を見上げ、深く長い息を吐き出した。




