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思い出の櫛。

「昔はね。 自由恋愛何か許されなかったんだよ。 家柄とか色々とあるし。 結婚前に若い二人が街を歩く事なんてできない。 それでもこの街は少し自由でね。 恋愛も多少大目に見てくれた。 でもねぇ……。 家が違い過ぎたらやっぱりダメさ……。 おばあちゃんが若い頃、 恋愛したい人がいたけど、 家が良い人だし戦争もあったし。 結局叶わない恋だった。 ほら、 あの立派な家があるでしょ? そこの次男さんに想いを寄せたさ。 身分違いと諦めていたけど。 偶然話す事ができてね。 そりゃあ嬉しかったよ……」


まるで昔に戻ったかの様に話し出した。

おばあちゃんは目をつむり、思い出に浸る。


「二回か三回か、 話す事があってね。 昔馴染みでもあったから、 懐かしくなってねぇ。 幸せな時間だったさ。 でも、 戦争に行く事が決まって。 悲しかったよ。 だけど、 『待っていて下さい』 ある日そう言われてね。 嬉しかったよ。 でもねぇ、 身体の弱い人で、 戦争に行って身体こわして呆気なく逝ってしまった……。 それを聞いた時目の前が真っ暗になったさ」


「おばあちゃん……? 泣いてるの?」


おばあちゃんの声が震えていて、泣いてるかの 声だった。


「泣いちゃいないよ。 ただ、 思い出してね……。 呆気なく逝ってしまったから。 約束も叶わぬまま。 うちの近くに丘があるでしょ? あそこで約束して。 だから、 あの丘には行けないよ。 古い柿の木があるの覚えてるかい? あの木の下におばあちゃんの宝物が埋まってるんだよ。 あの方から頂けた宝物が。 もうないかな? あれから随分経ったし」


「宝物? 何? それ……」


「柿の色の櫛。 あの方のお母様が私宛の手紙と一緒にくれたさ。 あの方の最初で最後の贈り物。 でも、 おじいちゃんとの結婚を決めたとき、 あの丘の柿の木の下に埋めた。 未練あって結婚しても幸せにはなれないからね。 彩葉とも会えなかったかも知れないし。 おばあちゃんは幸せだよ。 皆と会えて」


「おばあちゃん……」


切ない気持ちになった。


戦争が引き裂いた二人の恋。


おばあちゃんは今でも好きなんだね。


簡単に人の気持ちは変わらない。

好きな人への想いは、何年経とうが色褪せない。 消える事ない想い……。


「おばあちゃん……」


返事がない。


微かな寝息が聞こえた。


夢の中でその人に会っているのかな?

幸せそうな寝顔をしていた。



翌日、朝食を済ませ私はおばあちゃんの話していた丘へと向かった。


家から土手沿いを暫く歩き、小さな川を渡り、丘を登った。


目の前に柿の木があった。

古い古い柿の木だが、まだ実を付けていた。


今はまだ青い柿の実。もう少しすればオレンジになる。


ヒンヤリ冷たい風が吹く中、私は借りた軍手を手にはめ、スコップをビニール袋から取り出した。


柿の木の根元。

祈る気持ちで掘り出した。


ザッっと土を掘る音と、風の音が耳に響く。


暫く掘ると古びた紙が出てきた。


私はそっと取り出す。


「手紙?」


ソロソロ開く。


「あ!」


紙に包まれた櫛が出てきた。


「あり得ない……」


所々いろが剥がれ落ちているが、紛れもなく

櫛だ。

元の色さえ分からないけれど、恐らく柿の色。 オレンジだろう。


「見つけたよ。 おばあちゃんの思い出」


私は陽の光に櫛をかざした。


キラリと光る櫛は、時を超えて掘り起こされた。


私は櫛を包んでいた紙を見てハッとした。


「手紙じゃない。 やっぱり……」


ボロボロの破れた紙は、おばあちゃんへの手紙だ。


二つ折りをした手紙に櫛をはさみ、三つ折りにして埋めた為、開くと更に破けてしまいそうだ。


丁寧に土を払い、手紙を開いた。



「うーん……。 達筆過ぎて読めないな。 持ち帰るか」


きちんと土をならし、私はその場を後にした。


この丘で、どんな会話をしたのかな?

おばあちゃんは、どんな顔していたのかな?


好きな人との会話だもの。 きっと幸せな顔だろう。


途中土手沿いを歩いていたら、前から誰かやって来た。


男の人?


若そうな男の人が歩いて来る。


すれ違いざま 「あっ」 思わず声を出してしまった。


その男の人が振り向いた。


「あんた……。 先生の家の奴か?」


私の顔をまじまじと見てそう言った。


「先生って。 奥野京子?」


「やっぱり。 先生の長男の……。 婿に行ったとか。 総領なのにってじいさんが言ってた」


「おじいさん?」


「そう。 先生の恋の相手の長男。 知ってる? 昔々の物語」


「はあ。 まあ……」


いきなり何なのかな。この人。

おばあちゃんの想い人の、えーと。 兄さんの孫……。 遠いな。


でも、家柄いんだっけ?


「で、 総領息子のお嬢さんが何してるの?」


私の持っている物をじっと見て尋ねた。


「恋物語の証拠です」


「何それ……」


私は一応事の顛末を説明した。


「へー。 何十年て経ってるのに、 凄いね」


予想外の返事に驚いた。


見た目で判断してはいけないが、見るからに軽そうで、明らかに人をバカにしそうな感じなのに、意外な返事をした。


「早く持っていってあげなよ。 喜ぶと思うよ? じゃあ、 気を付けて」


今時の男の人だ……。


会釈をし、私は歩き出した。




おばあちゃん家の居間。


テーブルに手紙と櫛を並べた。


私は正座をし、おばあちゃんと向き合う。



「出てきたんだね……。 ありがとう……」


そっと櫛を手にしながらそう言った。


「懐かしいねぇ。 本当に。 思い出すよ。 あの頃を」


淡い叶わぬ恋。

でも、色褪せない思い出。


おばあちゃんはいつまでも櫛を撫でていた。

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