海辺でふたり。
「うみーっ!!!」
「…山びこはあっても海びこはないよ?」
わかってるもん、そんなこと。
山だって海だって、目の前に何もないから、叫びたくなる。
私だけかな。
それに今、叫びたいんだもん。その気持ちは、わかってくれてるよね。
私は男の子と二人で海に来ている。と言ってもデートなんかではなく、むしろある意味逆のベクトルなんだけれども。
実は三日前、私は彼氏と別れた。原因は彼氏の浮気。一方的に捨てられた形だ。
振り返れば、たった二ヶ月の付き合いだった。思い出といえばデートで行った遊園地と、そのデートの回数の何倍もしたセックスだけ。
別に私は、身体が寂しいわけじゃなかったし付き合った当時は処女だったし、あまりそういう行為に興味はなかった。でも、やっぱり『彼女』になったからには『彼氏』には尽くしたかった。それに、痛いと聞いていた初体験も、あいつが女性を食い荒らして得た高い経験値のおかげ(?)でつらくはなかった。そこだけは一つプラスになったと感じている。
だけど、こんなことも『思い出』にカウントしなきゃいけないほど、空っぽなお付き合いだったのかと思うと悲しくなる。
悲しくなったから、彼と二人でこうして海に来た。
彼は、私があいつと付き合うずっと前からの友達。もう七年の付き合いだ。言いたいこと言い合って、笑い合える。着飾らなくていい、何も気にしなくていい仲。
そもそも今日のことを提案してくれたのも彼だった。おいしいもの食べて、買い物して、海でも行ってリセットしようよ、って。私は一人だったら、彼に言われなかったらひたすら引きこもっていたのだろう。
彼の提案通り、今日は本当に好きなことだけした。美味しいパスタとかケーキを食べて、服もたくさん買った。
忘れたくて。上書きしたくて。
そして、海で叫んだ。
海だけは、私のリクエスト。
「すっきりした?」
防波堤に座る私に、彼は立ったまま話しかける。
「私、溺れて、踊らされてたなあ…って今ごろ思った。あいつの手のひらの上、でさ」
「ま、すぐ忘れるのは無理だよな」
彼も隣に座った。
「…お前さ、可愛いし素直だからきっとまたいい人見つかるよ。絶対」
例えば隣に、とか。
そう呟く彼の心の声がすごくはっきり聞こえた。いや、あいつと付き合う前から、わかっていた。ちょくちょく気持ちが漏れていた。
しかし私は彼の気持ちには応えられない。
私の感覚では、彼と私の距離は、近づきすぎている。あまりにも、あまりにも。交わって混ざってしまっているような気がした。理想を言えば空と海みたいに、真っ直ぐ平行で互いを保ち、しかし色を染め合える…そういった距離が、私はいいのだと思う。
「…うん」
うつろな返事しか、できない。
最低だ、私は。
こんなに優しくて、そばにいてくれて、想ってくれてる人を、手のひらで踊らせている。気づいていながら悩ませている。
だんだん、あいつのことよりも、こっちが苦しくなってくる。気持ちが溢れて、こぼれてくる。だめだ、止まらない。
俯いて泣きじゃくる私のそばで彼は、黙って座っていた。そうするしかなかった。
ここで彼に言えたら、本当は楽になるんだろうな。
しばらく経ち、やっと気持ちも落ち着いてきて、私は顔を上げられるようになった。
「もう泣くなよ」
彼が撫でた頭に残る、手のひらの温もり。
私に対する気持ちが、そのまま伝わったような気がした。