† 個室 : 四十五日目・四十六日目・四十七日目・四十八日目 †
四十五日目
相変わらず暖房暑いよ・・・・・・。
おお?! 昨日の運動で右肩が微妙に筋肉痛だ~~~!
看護師『KRさん』が借りてきてくれた本、三冊読破。面白かった♪
流石に『遺伝子~』は難しかったけど・・・・・・。『生きること~』は『生きろ教』じゃなくてよかった。
天気微妙だな・・・・・・洗濯したいな~・・・・・・・私の残金はいくらだろう?
洗濯機一回¥100。乾燥機も一回¥100。・・・・・・う~ん乾燥機は避けたいな~お金もったいないしな~・・・・・・。
『黄金』でたーーーーー!!!!!!
昨日の運動が効いたのだろう。
早く出たいよ! 出たい! 出たい! 出たい! 出たい! 退院したいよ~!!!
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!!!!!!
出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい !!!!!!!!!!!!
出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して出して!!!!!!!!!
ヒョロ助くん!!! 早く私をここから出してーーーーー!!!!!!
個室番号10号室から13号室へ移動です。内鍵だ!!! 出るのも自由だ!!! 時間限定解除だ!
内庭も解除! ・・・・・・今更だけどね★
わたくし三十六歳。・・・・・・年下のヒョロ助てんて~に、
「フェンス登ったりしないでくださいね~?」
なんて言われる日が来ようとは・・・・・・まあ、もう既に登っちゃいましたが★
って言うか! 違うんだ! 子リスちゃん! 熟女は「お庭に出たい♪」じゃなくてね・・・・・・病院の外に出たいんですよ!!!!!!!!!
四十六日目
時間限定解除とは言え・・・・・・な~~~~~~~~んにも変わらないんだけどね・・・・・・。
早く退院したい・・・・・・・・。
10時過ぎ『OTサロン』というのに行くらしい。私は行けない。ヒョロ助てんて~の許可が下りていない。
本当に全て『主治医の許可』がいるんだね。
憧れの大きな鉄の扉の向こうに殆どの患者が行ってしまった。・・・・・・いいな。私もあの扉の向こうに行きたいな・・・・・・。
十日くらい前に入院してきた爺さんが告げる。
「め~し~が~き~た~ぞ~~~」
この爺さんも出戻り組だそうだ。
夕方近く内庭を歩いた。フェンスの向こうに行きたいな・・・・・・。明後日には十二月。
私の姉から電話があったらしい。ヒョロ助が「どうする~~?」って小首を傾げて聞いてきた。
私の答えは勿論! シ☆ カ☆ ト☆ でお願いしま~~~す♪
別に嫌いとか仲が悪いとかではないのですよ? ただ単に話す事は何もなし!
興味がないだけなのですよ~。
私が唯一、もう一度話せるのならば話したい人は『MGさん』だけだ。
四十七日目
十一月も今日で終わり。
フフフ・・・・・・・・・生きてます。・・・・・・フフフフフフフフフ・・・・・・・ハハハハハ・・・・・・・アーーーッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!!
なんでだよーーーーー!!!
なんでまだ生きてんだよーーー!!!
殺せよーーー!!! こーろーせーよーーーーーー!!!!!!
頼む!!! 頼むから!!!!!!!!
どうして?!?! なんで?!?!
わたくしが知りたいですわっっ!!!
誕生日は迎えちまうし・・・・・・このまま行くとクリスマスも? ・・・・・・ウフフフフフフ。
ゾッとするね・・・・・・・・。
スレンダー美人の二十代前半の『SKちゃん』。今日が退院予定だったのが延期になったと喜んでいる。
・・・・・・う~~~ん・・・・・・私には理解不能だよ★ ま、人それぞれ事情がありますから!
私は今日も進展なし。
『SKちゃん』明日退院だそうだ・・・・・・いいな・・・・・・変わって欲しいよ・・・・・・・・・。
四十八日目
十二月一日。
十一月は丸々病院に居たのか・・・・・・。しかもキチガイ病院の閉鎖病棟。独房に隔離もされていたなぁ。
本当に私はいったい何をやっているのだろう?
今月中には出られるだろうか?
出たいな・・・・・・出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい出たい・・・・・・・・。
テレビに流れる『クリスマス』と『紅白歌合戦』の話題に寒気と吐き気がする。
朝食後。部屋に戻ると微妙に折り畳まれた車椅子が私の部屋の中に・・・・・・。
????????? な~に? これは? なんで? 誰が???
「おねえちゃ~ん」
笑顔で手を振りヨダレダブダブの『MK』が・・・・・・またキミか・・・・・・。
昼食前に『SKちゃん』退院。・・・・・・いいな・・・・・・いいな~~~!!! 本当に羨まし過ぎて・・・・・・泣きそうです。
内庭でキャッチボール。海が見えた。
この病院に一番長くいた患者は三十年以上も入院していたそうだ。




