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前半が緋音視点で 後半は、新たな登場人物の視点です。
長めになっているので。
最近 世間を賑わしているのは、ある有名政治家の息子と世界的にも有名なブランドメーカーの社長令嬢との婚約についてだった。
婚約を交えてから 既に5年がたっており 結婚に踏み切るのも時間の問題らしい。
この結婚が、まとまれば 両家の結びつきが強くなり 政治的な高みに上ることも間違えなし。
2人が、パーティーに仲睦まじく参加している様子は、幾度となく カメラに収められている。
他の雑誌では、理想のカップルとも報じられているほどだ。
「随分と明るい内容だこと………でも それは、もうすぐ 真っ暗な闇に変わるのよ。
もうすぐ 運命の日は、やってくるわ。
簡単には、堕とさない………じわじわと地獄へと連れて行ってやる。
あの人達には、悪いけど 恨むのなら………好きなだけ 憎んでもいいわ」
緋音は、その記事の載っている週刊誌を読みながら 微笑む。
それは、狂気に満ちた笑顔だ。
「フフフ………もうすぐ 狼煙が、あがるわ?
下準備は、もう できているんだもの。
後は、このお祭りを盛り上げてあげる」
緋音は、そう言うと クローゼットの中から シンプルなワンピースを取り出す。
そして それに 着替えていく。
鏡の前で 化粧を落していく。
すると 次に現れたのは、直前とは違った 素顔だ。
この顔を、まじまじと見つめるのは、何年振りだろう。
あの時から ずっと この顔を誰にも見られないようにしてきた。
でも 今夜は、その沈黙を破って 人前にさらけ出す。
この顔を見て あの女は、どんな顔をするだろう?
そう考えるだけで 嬉しくて仕方がない。
「さぁ 行きましょうか………欲にまみれた 悪魔の巣窟へ」
緋音は、ほとんど黒に近い赤いバラのコサージュを髪の毛につけて 部屋を後にした。
主人のいなくなった 部屋のテーブルには、先ほどまで 緋音が見ていた 週刊誌が無造作に置かれている。
その記事の中に 今夜 ホテルの会場で 槇村 明澄の息子の婚約披露宴の情報が記載れていた。
目的は、この会場で 自分の姿をあの女に焼き付けること。
そうすることで 復讐は、更に甘美なものへと変化するのだから。
会場で 主役であるはずの男は、不機嫌だった。
そんな彼の様子に 隣に寄り添っている シックワンピースドレスを着ている少女は、困り果てている。
「仁志様………どうかなさられたのでしょうか?」少女は、恐る恐る 聞く。
だが 名を呼ばれた男は、何も言わず 周りを冷たい目で見つめているだけ。
「あら…仁志さん?婚約者の美弥子さんを、そんな悲しそうな顔をさせちゃいけませんよ?」
背後から甲高い声が、聞こえてきた。
振り返って 仁志は、眉間にしわを寄せる。
その視線の先には、イブニングドレスに身を包んだ 女が1人。
「僕は、最初から このパーティーに参加するつもりは、ありませんでした。
それを無理やり 連れてきたのは、あなただ」
「まぁ そんな言い方は、ないでしょう?
仁志さん………このパーティーは、貴方と美弥子さんの正式な婚約披露宴なんですから。
それに わたしは、貴方と血の繋がりこそありませんが 母親です。
もう少し 言葉を慎みなさい」女は、真剣な顔で言う。
仁志は、その言葉に 嫌気が差していた。
自分のことなど 放っておいてほしい。
それなのに いつも 干渉してくる。
以前 そのせいで 大切な人を失ってしまった。
なのに この女は、全て 自分が正しいと思っているのだ。
何より 強欲で 自分の願いを叶えるためには、手段を選ばない。
それがこの-----槇村 明澄だ。
女優をしていたころの美貌を未だに保ち続け 女優時代から懇意にしていた 仁志の父:槇村 泰三の後妻の座に収まった。
甘い声で 何かと話しかけてくるが この女の声を聞いているだけで 虫唾が走る。
できることならば 早く 探し求めている存在を、この腕の中に抱き留めて この女の魔の手から 守らなければならない。
それだけ 彼女は、傷つけられてしまったのだから。
「明澄夫人………仁志様は、悪うございません。
わたくしが、隣で何度もお声をかけてしまったからですわ。
この婚約に反対なさっているのに わたくしの父が、無理に進めようとしてしまって」美弥子は、控えめに言う。
2人の険悪なムードを感じ取ったのかもしれない。
彼女は、確かに 政治家の嫁として 理想な存在だろう。
従順で 上級的マナーを持ち合わせている。
けれど この女を前にして 命を削っていく姿は、容易に推測できた。
現に 仁志の母も、見るからに 弱り果て 最後には、布団から起き上がることもできなくなってしまったのだから。
「まぁ………そんな恐縮なさらないでください。
仁志さんは、ただ 照れてしまっているだけですわ」
白々しい 明澄の発言に 仁志は、吐き気がする。
ふと 視線を別の場所に向けると 仁志は、ハッとしたように 目を大きく見開いた。
その視線の先にいる少女の姿に 過去の想い出が、脳裏に浮かぶ。
幸せであったと同時に 絶望を感じた………あの頃が。
「緋芽………?」
仁志は、考えるよりも先に 駆け出していた。
『緋芽』とは、一体 誰なのか?
謎を残してみました。
『のべぷろ』を見れば バレちゃいますけど。