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イラストの講師を始めてから 1週間が経とうとしていた。
講師を行うのは、朝礼前の1時間前からと放課後の2回。
朝は、家の事情もあるけれど クラス全員が、参加してくれている。
しかも 保護者も この講義には、協力的で 差し入れも多い。
「緋音先生………絵が、書けましたッ!」元気の良い女の子が、嬉しそうに 言う。
「うん 良く書けているわ?
でも………こんな風にしてみたら どうかな?
絵本のストーリーに合わない?」
「すごいです………緋音先生ッ!
あたしの絵をこんなにすごくアレンジしちゃうなんて。
ねぇ………みんなも、見てよ?」
その声に 他の子供達も、集まってくる。
みんな 元のイラストに手を加えただけで 変わる様に 興味津々だ。
緋音は、そんな彼らを見つめて 微笑む。
純粋に楽しんでいる子供を見ることは、嫌いじゃない。
このひと時だけ 緋音は、復讐者であることを少しだけ 忘れることができる。
「藤堂~?お前 さっきから 何を熱心にしてるんだよ。
お前も、見てみろよ」1人の男の子が、1人だけ 机に向かい 顔をあげようとしない女の子に 声をかける。
けれど 彼女は、何も答えず 黙々と作業を続けていた。
ただ 真剣に 自分に与えられた 作業をこなしているだけ。
1度も 緋音の元にこない。
他の子供達が、緋音の描く イラストに夢中になっても、1人だけ 冷めた目で 視線を向けたと思ったら すぐに 逸らせてしまう。
「蛍ちゃん………どうしちゃったのかな?
あんなに 緋音先生に会いたがっていたのに」
「うん………緋音先生に初めて会ってから ずっと ああだよ?
何で あんなに拗ねてるのかな?」
「え~拗ねてるの?
確かに 蛍ちゃんは、照れるような子じゃないもんね?
どうしちゃったんだろ~?」
女の子達は、不思議そうに 顔を見合わせている。
男の子達は、興味なさそうに 自分の書いた イラストを持って 緋音の前に並んできていった。
「この場面は、どんなイメージがある?
………そうそう うん………楽しそうにできてるわね?」
緋音の指摘や評価を受けて 子供達は、嬉しそうに 自分の席に戻り 作業を続けていく。
緋音は、みんなのイラストを一通り見てから 静かに 作業をしている 女の子を見つめた。
まさか また 会うことになるとは、思わなかった………過去の小さな友人。
緋音が、復讐を誓った時点で 彼女も、敵と同じ立場。
なのに………どうして こんなに悲しくなるんだろう?
もう 覚悟は、決めたというのに。
この復讐で やっと 仇を打つことができる。
それなのに あの子の悲しげな目を見ていると 昔の自分を思い出してしまう。
あの………嘘かもしれないと恐れながらも、信じたい と 懸命になっていたあの頃を………。
「宇崎さん………どうしました?」城之内先生が、不思議そうに 声をかけてきた。
「いえ………窓際の席の子が、いつもと違う………と 女の子達が、話していて。
彼女が、今回の絵本のストーリーを発案したんですよね?
一通り見せてもらって とても 愛に満ちたお話だと思って 会えるのが、楽しみだったんですが」
緋音の言葉に 城之内は、”ああ………”と 思案するような顔になる。
「藤堂さんは、実を言いますと………僕の友人にお兄さんの娘さんで 昔から 知っているんです。
宇崎さんが、以前にお話した 知り合いの女性に似ているからじゃないでしょうか?
藤堂さんは、とても 懐いていたんで 彼女が、姿を消してしまった時 とても傷ついていたんですよ」
「そうだったんですか………突然のことで 心が、ついていかなかったんでしょうね?
わたしも、幼い頃 家族な人を失って トラウマにもなりましたから………その気持ち わかります」
緋音の言葉に 城之内は、神妙な表情になった。
「ご家族を………ですか?
それは、悲しいことですね?
しかも………幼い頃だというのなら 悲しんだのでしょうね?」
「でも 同情されるのは、嫌いなんです。
弱みに付け込まれて 何度も 絶望してきましたから。
だからこそ イラストの中だけでは、幸せなストーリーがあってほしいから わたしは、それを描き続けているん
ですよ」緋音は、目を細めて 言う。
「それが、宇崎さんの原点なんですね?
生徒達も、あなたの書いたイラストを見て ファンになったようです。
うちの妻も、あなたのファンで 絵本が完成するのを楽しみにしているんですよ」城之内は、笑顔で 話す。
その口調から 彼が、奥さんのことを心から大切にしていることが よくわかった。
緋音は、そんな城之内を見つめながら 蛍に視線を向ける。
すると 彼女と目が合った。
緋音は、笑みを浮かべようとしたけれど 蛍は、嫌悪を抱いた表情を浮かべると そっぽ向いてしまう。