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何もない 家に 緋音は、帰ってきた。
どうせ 壊れてしまうとわかっているのなら 最初から 何もいらない。
必要なのは、生活に必要な 最低限の日用品と仕事用のパソコンとイラストの資料だけ。
それだけあれば 普通に 生きていけるのだから。
他には、何もいらない。
欲しいとも、思わないのだ。
今ある 空間だけでも、自分を癒してくれる。
汚い世界で 心を殺していても ここに戻ってくることで 少しだけ 心を落ち着かせることができるのだ。
まるで 抱きとめられるかのように………。
これが、彼女のイラストの原型でもあるのだ。
本物ではないものの 見る人が、和やかになれるように。
「ただいま パパ、ママ………」
緋音は、机の上にポツンと 置いてある 写真盾に声をかける。
写真の中に写る 2人は、ただ 笑っているだけ。
何かを答えてくれるわけじゃない。
だけど 緋音にとっては、その姿を見るだけでも 幸せなのだ。
その姿を見れることだけで 心が温かくなっていくのだから。
でも だからこそ その笑顔を苦しみに変えた 存在が、許せない。
その幸せを奪ったのに 自分だけが、幸せになっていることが………。
「やっと スタートラインにたてたよ?
これから じわじわ………復讐してやるの。
待っていて………全部が、終わったら そっちに行くから」緋音は、テーブルに顔を押し付けながら 呟く。
でも この言葉に 誰も、返事をくれない。
彼女は、独りなのだから。
緋音が、始めようとしていることを 誰も止めてくれない。
たとえ 身近に誰かが、いても それは、不可能かもしれないが。
それだけ 彼女の憎しみは、深いものなのだから。
悲しい形で 信じていた人に裏切られ 騙されたのだ。
それを知ってから 彼らとは、一切 連絡を取っていない。
会ってしまえば 心が、完全に壊れてしまう気がしたから。
もう 当時の彼女とは、別人のようになっている。
面影も、その冷たい仮面に覆い隠されてしまっているだろう。
彼女の素顔は、誰もわからない。
緋音が、徹底して 隠し続けているのだから。
他人に 弱みを見せてはいけない。
知られてしまえば また 利用されるか 傷つけられるだけだ。
今まで そうやって 裏切られてきたんだから。
そして 何より 許せないのが、あいつ。
全ての発端でありながら 自分が、被害者のように演じているのだ。
「待っていなさいよ 槙村 明澄………ッ!
その場所から 引きずり落としてやるわ。
お前のしたことは、絶対に 許さない!!」
緋音は、憎々しげに パソコンに映る 派手な顔立ちの女を睨みつける。
この人物が、彼女の憎しみの元凶だ。
『―――槙村 明澄。かつて 女優として 知名度を上げ デビュー当時からスポンサーとなっていた 男性の
後妻になった。現在は、学校の運営などにも手を伸ばし 奨学金制度を推進している。
年を感じさせない 美貌は、今でも健在で 教育評論家として 活躍しており――』
「そんな上辺だけの活動をして 誰が、感謝すると思っているの?
全てを知れば そんな汚い手をさし伸ばされてきた 人達が、絶望するわ?」
緋音は、目を細めて プロフィールを見ていた。
見ているだけで 反吐が出るような 内容だ。
「全ての決着をつけるのよ。
あなたは、二度と 世間に顔向けできないようにしてやる。
それが、あなたにとって 最大の罰になるのでしょう?
あなたのお綺麗な顔が、無様に歪むのを思うと 嬉しくて仕方がないわ?」綺音は、微笑みながら 呟いた。
緋音が、こうも変えたのは――― 8年前。
残酷な運命に突き落とされたのが23年前………。