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夕焼けに染まる 運動場の横を、1人の女性が、歩いていた。
腰まで伸びる 髪が、風に揺れているようだ。
家に帰ろうとしている 小学生達は、その様子を珍しそうに見つめている。
女は、そんな視線を気にする様子もなく 職員室へと向かっていた。
「こんにちは。宇崎です」
「ああ………貴女が。
こんなにもお綺麗な方だったとは。
お時間がよろしければ 食事にでも 行きませんかな?
わたしは、この小学校の教頭をしております 千堂です」
出迎えてくれた 教頭を名乗る男は、にこやかな顔をしている。
その視線に 女は、目を細めた。
口には出さないが 思っていることは、丸わかりだった。
これまでにも、何度も 同じ目で見られてきているのだから。
「今日は、顔合わせに………担当の方は、どなたでしょうか」女は、千堂の視線を受け流しながら 言う。
「ああ………少々 お待ちください。
城之内先生………貴方のクラスのイラスト指導をしてくれる 宇崎さんです」
その言葉を受けて メガネをかけた 好青年的な男性が、近づいてくる。
「………すいません 下のお名前は、なんとおっしゃるんでしょうか」
「緋音………宇崎 緋音です」
ぶしつけな問いに 女は、眉根を寄せながらも 答えてくれる。
「城之内先生………貴方 奥さんがいるっていうのに 隅に置けませんなぁ?
まぁ こんな美人を前にしたら 仕方がありませんか」
「ちっ……違いますよ 教頭先生ッ!
ただ 昔の知り合いに似ている気がしただけなんですよ」城之内は、必死に 言った。
「まぁ その方は、先生の恋人だったのですか?」
「いや………違いますよ。
わたしの知人の恋人だったんです。
でも 色んな行き違いで 別れることになってしまって………今は、行方もわからないんです」
城之内は、悲しげに 微笑む。
「まぁ………それは、心配ですね?」
「ええ、そうなんです。
知人は、仕事の合間を縫って 彼女のことを探しているんですよ。
父親からは、身を固めるように言われているらしいんですが 彼女を見つけ出すことを優先にしているみたい
で。
あいつは、今でも 彼女だけを想っているんですよ」
「でも 人の心は、時が経てば 変わるものですよ?
城之内先生の知り合いの方は、ただ 自己満足したいだけなのでは?」
緋音の言葉に 城之内は、首をかしげる。
どこか 人を惹き付ける要素が、彼女に備わっていた。
現に 先ほどから 他の教師達も、視線を向けているのだから。
どこか 妖艶な女に………。
「女性は、どんなに想っていても 相手から 何が何でも 逃げようとします。恐れているのなら………尚更。
反対に 男性は、自分から逃げ出してしまったのなら 見つけ出して 何かを誇示したいもの。たとえ どうでも
良い相手でも。特に………プライドが、高ければ」
「随分と偏った 考え方なんですね?
あいつは、そんなんじゃ ありませんよ。外見では、判断できませんが。
宇佐美さんは、過去 そういう体験をなさったんですか?」城之内は、聞く。
「あら………詮索するのが、お好きなんですね?
奥様が、勘違いなさってしまうかもしれませんよ?」
緋音は、笑顔1つで それを交わす。
そんな彼女の言葉に 城之内は、苦笑気味だ。
「彼女に似ているのは、どうやら 外見だけのようです。
あの人は、とても 臆病な人でしたから。
すいません………そんな事を言い出してしまって」
「いいえ………構いません。
そういう男性 大勢いますもの。
では、これからのスケジュールについて」緋音は、笑顔で 言う。
「はい………お願いします。
教頭先生 会議室をお借りしますね」
「ええ………あまり 遅くならないように。
奥さんを、心配させるべきじゃありませんよ?」
教頭の許可をもらって 城之内と緋音は、会議室に向かった。
そして 今後の予定を組んで 子供達と話し合った後 連絡を取るということになる。
「では………失礼しました。
連絡の方 お待ちしておきます」緋音は、言った。
「はい………ご足労 ありがとうございました。
明日にでも、学級会で 決めますので」
城之内は、手本などの資料をまとめながら 会釈する。
緋音は、それを見て 柔らかな笑みを浮かべた。
「それでは、さようなら」
そう言って 緋音は、笑顔で 小学校を後にする。
城之内が、職員室に戻ると 中では、残っていた 職員達が、緋音のことについて 盛り上がっていた。
「本当に 綺麗な人でしたねぇ?
何だか 人間じゃないみたい」城之内の同僚の女性教員が、校門に向かう 彼女の姿を追いながら 呟く。
「だけど 謎の多い人らしいですよ?
名前は、『宇崎 緋音』………本名か ペンネームかも、わからないですから。
ホームページでは、限られた プロフィールしか載せていなくて………滅多に 仕事を引き受けない。でも その
腕は、確からしいです。
特に 『家族愛』をモチーフにした イラストの評価が高い。海外で 勉強していたみたいで 海外の一般家庭か
ら 大富豪にかけて 絶大的な人気らしいですよ。
教頭先生………よく そんな大物にボランティアで 頼めましたね?」
その言葉に 教頭は、嬉しそうに 笑う。
「大学時代の友人が、出版社に勤めていてね?
その人に紹介してもらったんだ。
最初は、報酬も考えていたんだが 宇崎さんが、無償のボランティアで引き受けてくれたんだよ。
実際に会ったことは、なかったが あんなに美人だったとはねぇ?
食事に誘ってみたんだが 軽く 流されてしまったよ」
「教頭先生………校内で ナンパは、控えてください。
いくら 奥さんと別居中だからといって。
PTAの問題にされてしまいますよ?」
ちょうど 会話に参加した 校長の発言に 教頭は、冷や汗をかいている。
その様子に 教員達は、顔を見合わせて 苦笑した。
「だけど 勿体無いなぁ?
あんな美人だから 結婚していそうなのに 独身らしいんだから」
「え………でも 恋人くらいは、いるんじゃないんですか?
きっと 素敵な人………」
「ってことは、もしかしたら 校門の外で 恋人が、待っているのかもしれませんね?
何だか 羨ましいなぁ?彼女の恋人は………」
その言葉をよそに 緋音の姿は、校門に吸い込まれるようにして 消えていった。
門の外に出た瞬間 緋音の顔から 笑顔が、消える。
まるで 最初から 感情など 持っていなかったかのように………。
「まだ 想っているですって?
そんなの嘘をつくなんて………馬鹿らしいわ?
最初から 全て 嘘をついていたのに まだ あたしを騙す為に お芝居を続けているのね?
だったら その捻り曲がった 思考も、一掃してあげるわ」
冷たい声は、誰もいない 道の奥まで 響き渡った。