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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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おにんぎょう

作者: べべべ
掲載日:2026/06/19

 髪を梳られる。お洋服を整えられて、綺麗に椅子に座らされる。

 最後は、いつも決まった言葉。

 

「アリシアは、お兄さまのかわいいお人形だね」

 

「……ええ、お兄さま」

 

 そっと額に落とされる口付け。お兄さまは嬉しそうに笑った。

 物心ついたときには、わたしにはお兄さましかいなかった。わたしは体が弱く、静養のため別荘で暮らしていた。両親はあまり別荘には近寄らなかったので、頻繁に訪ねてくれるお兄さまだけがわたしの家族だった。

 いつからか、通いのメイドが来なくなった。季節ごとに庭を整えていた庭師もいなくなった。両親の関心が、わたしから消えたことを意味するそれら。けれど代わりに、お兄さまがわたしを愛してくれた。

 

 お兄さま。お名前は、知らない。わたしと同じプラチナゴールドの髪、サファイアブルーの瞳。その色彩がわたしたちの血縁を証明している。

 お兄さまはわたしが外の世界に関心を持つことを良く思わない。わたしはお兄さまに見捨てられたら生きていけないから、お兄さまの望むまま振る舞う。ふと気がつくと、わたしは生きたお人形になっていた。

 お兄さまが整えた、わたしの世界。わたしとお兄さまだけの世界。

 

 体の弱いわたしは、お医者さまなしでは長くは生きられないと、幼い頃告げられていた。けれどお兄さまはお医者さまに——他人に、わたしを見せるのを嫌がる。

 ずいぶん、お医者さまにお会いしていない。弱っていくわたしを、お兄さまは愛しそうに見つめるばかりで。

 ——ああ。わたしは、このまま死んでいくのね。

 そう、覚悟した頃。お兄さまがいつもの笑顔で言った。

 

「アリシア。お兄さまに任せておきなさい」

 

「……おにい、さま?」

 

 声が掠れる。すぐに咳き込んでしまうわたしの背をさすりながら、お兄さまが唄うように言う。

 

「アリシアとぼくが、ずっと一緒にいられる方法だよ。長らく考えていたんだけれどね、ついに完成したから」

 

 お兄さまがわたしの手を引いて、どこかの部屋へと連れて行く。わたしは起き上がるのもやっとだったけれど、お兄さまには逆らえなかった。

 部屋の前について、お兄さまが夢見るような瞳で囁く。

 

「ああ、アリシア。やっと。……やっと、だよ」

 

 開けられる扉。部屋の中には、わたしにそっくりな、

 

「……なに、これ……」

 

「なにって、アリシアの新しい身体だよ」

 

 お兄さまが、わたしを逃さないとでも言わんばかりに後ろから抱きしめる。そんなことをしなくても、わたしはもう逃げられないのに。

 

「アリシアは、お兄さまのかわいいかわいい妹だ。……けど、兄妹では少しだけ困ったことがあってね」

 

「ぇ……」

 

「結婚できないからね。この国の法律では」

 

 だからだよと、お兄さまが甘く甘くわたしの耳元で言う。

 

「アリシアはお人形になるんだ。そうすればぼくたちは結婚できて、ずうっと一緒にいられる」

 

 お兄さまの手が、わたしの首にそっと置かれる。

 ——ああ、ここで死ぬんだわ。そう、思った。

 わたしはここで死んで、生きた証なんて何も残らなくて。お兄さまのお人形としてだけ生を許された哀れなアリシアは、本物のお人形になるのね。

 

 頭の中に描いたのは、わたしの代わりのお人形に優しく微笑むお兄さま。そうしてお兄さまは、わたしだけのお兄さまでなくなる。

 なくなる。

 ……なくなる。

 …………なくなってしまう。

 ……………………。

 ……………………ぇ?

 

 ——ぱちりと、黒い閃き。お兄さまを、わたしだけのお兄さまにする方法。それはこれ以上ないほど甘美なものに思えて。

 きっと最期の力だった。それを振り絞って、お兄さまを押し倒す。お兄さまを床に縫い留めて、とっても可憐に笑って見せる。

 

「…………アリシア?」

 

 不思議そうなお兄さまのお顔。きっとわたしが反抗したなんて思っていない。わたしが、すこし体勢を崩してしまっただけだと思っているのでしょう。

 

「ねぇ、お兄さま」

 

 ねぇ、お兄さま。

 

「わたしのものでいてください」

 

 わたしだけのものでいて。わたしだけのお兄さま。

 

「わたしがお兄さまのお人形なら、お兄さまも」

 

 お兄さまも、わたしのお人形。それが素敵よね。

 初めての口付け。お伽話で聞いたものより、ロマンティックじゃないかもしれないけれど。

 お兄さまにそっと口付けて、ぎゅっと首を絞める。

 どうすれば呼吸が苦しくなるか、よく知っている。だって、いつもわたしは苦しかったから。

 

 

「…………お兄さま?」

 

 眠ってしまわれたのかしら。ひどいお兄さま。

 

「アリシアは、ひとりでお部屋に戻れないのに」

 

 そっと並んで横たわる。きっと、お伽話のワンシーンを描いた絵画みたいよ。

 

 ね、お兄さま。

 ……お名前を呼ぼうとして、困ってしまった。だって、お兄さまのお名前を知らないから。

 けれど思い直す。アリシアのお兄さまは、この世にたった一人しかいないのだから。

 ……ね、わたしだけの、お兄さま。

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