クビ寸前の「魔物苦情受付係」ですが、本日のお客様は古竜と魔王様です ~魔物の声が聞こえるだけの地味な私、書類一枚で国の危機を解決していたら、魔王様に「窓口ごと」求婚されました~
「おい、税金泥棒。やっと出番が来たぞ」
警鐘の鳴り響く王城の大広間で、財務大臣ガマンド様は、わたしを見つけるなり、たるんだ頬を揺らして笑いました。
わたしはリゼ・モリー、十八歳。
肩書きは「王立・魔物相談窓口 受付係」。
窓口の場所は、王城北棟のいちばん奥、物置の隣。
職員は、わたしひとり。
人間のお客様は、開設以来ゼロ。
城のみんなは、わたしの職場をこう呼びます。
「国でいちばんの、無駄」。
どうしてそんな窓口があるのかというと、わたしには、魔物の声が聞こえるからです。
……はい、そこ。笑わない。
半年前に天国へ行ったおばあちゃんも、同じ力を持っていました。先代の受付係です。
『リゼ。声はね、聞こうとした者にしか、聞こえないんだよ』
それが口ぐせの、大きくてあったかい人でした。
わたしだって、窓口を継いでから、仕事はちゃんとしていたんです。
東の村の井戸が悪くなる前に、スライムさんたちの「水がにがい」という声を届けました。
南の街道の橋が落ちる前に、橋の下のトロールさんの「柱が腐っとるぞ」という忠告を届けました。
ぜんぶ、「偶然だろ」のひとことで片づけられましたけど。
おまけに大臣に予算を全額削られて、お給金は三か月遅れ。最近の主食は、裏庭で育てたおいもです。
そして、今日。
王都の空に古竜が、来ました。
翼を広げれば街がかげるほどの巨体。騎士団の矢も魔法も、エメラルドの鱗にはじかれて届きません。城下は大混乱。
「話が通じるのだろう? 魔物とやらと」
ガマンド大臣は、扇の先をわたしに向けました。
「なら行って『お話』してこい。できねば窓口は本日付けで廃止。竜の壊した分も、お前の給金から引いてやるわい」
広間のあちこちから、くすくすと笑い声。
「お待ちください! 娘ひとりを竜の前へ出すなど、死ねと言うのと同じですぞ!」
声を上げてくださったのは、騎士団長のガルム様おひとりだけでした。
「構わん。どうせ無駄飯食らいだ」
ひどい。あんまりです。
……でもわたしは、「承知いたしました」と一礼しました。
だって、さっきから聞こえているんです。
街じゅうを震わせるあの咆哮の、ほんとうの声が。
『かえして。かえしてよう……』
あの竜は、怒っているんじゃない。
泣いて、いるんです。
城壁へ続く階段の前で、ガルム様がご自分のマントを、ばさりとわたしの肩に掛けてくださいました。
「気休めだが、防具代わりだ。……死ぬなよ、嬢ちゃん」
* * *
城壁の上は、風が強かった。
目の前には、小山のような古竜。縦に裂けた金色の瞳が、わたしひとりを、じいっと見下ろしています。
こわい。ひと呑みどころか、ひと吸いで終わりそう。ひざが、かくかくする。
でも。わたしは、受付係なので。
胸に抱えた受付板をぎゅっと持ち直して、腰を直角に折りました。
「お、お待たせいたしましたっ! 王立魔物相談窓口ですっ! 本日は、どのようなご用件でしょうかっ!」
巨竜の動きが、ぴたりと止まりました。
『……いま、なんと言うた』
「ご用件を、うかがいます」
『我の言葉が……わかるのか。人の子よ』
「はい、聞こえております。先ほどから、その……『かえして』と」
金色の瞳が、まんまるに見開かれて。
次の瞬間ぼたん、ぼたんっ、と。
大粒の涙が、城壁に降ってきました。にわか雨かな? という量でした。
『三百年ぶりじゃ……我の声が人に届いたのは、三百年ぶりじゃあ……!』
古竜のヴェルデ様。御年、千と少し。女性です。
落ち着いていただいて(お茶を差し上げたら、樽ごと飲み干されました)、事情をうかがうと、こういうことでした。
ヴェルデ様は長いあいだ、王都の西にある「茜の丘」で、つがいの竜と寄りそって、夕陽をながめるのが何よりの楽しみだったそうです。
そのつがいが寿命で天に還ってからは、形見の鱗をひとつ、丘のてっぺんに埋めて。
毎夕、ひとりでそこに降りては、沈む陽に祈っていたのだと。
ところが、二年前。
丘のてっぺんに、白くて細長い、ばかみたいに高い塔が建ちました。
ガマンド大臣が国のお金をどっさり注ぎこんだ、ご自慢の「大陸一の白亜の尖塔」です。
『塔が夕陽を隠した。……それだけなら、我慢もしたのじゃ。じゃが』
工事のとき、人間たちは丘を掘り返し埋めてあった形見の鱗を、持ち去りました。
虹色に光るその鱗は、いま、塔のてっぺんの部屋に「飾られている」らしいのです。
『返してほしい。あれは宝石ではない。我の……夫なのじゃ』
……ひどい。聞いているわたしのほうが泣きそうでした。
「承りました」
わたしは受付票に、一字一字、ていねいに書きこみます。
【苦情区分】たいせつな形見の持ち去り、および、夕陽が見えないことについて
【ご要望】形見の鱗の、ご返却
【回答期限】三営業日以内
『えいぎょうび、とはなんじゃ?』
「人間の、おやくそくの数え方です。三日ください。かならず、お返事をお持ちします」
『……三日じゃな。よかろう』
ヴェルデ様は、ずずっと鼻を鳴らして、それから、にっこり(たぶん)しました。
『三日待って返らぬときはあの塔、消し炭にするでな』
笑顔が、こわい。
とんでもない案件を受注してしまった新人営業の気分で、わたしは城壁を降りました。
眼下では、騎士団のみなさんと、避難そっちのけの野次馬のみなさん全員が、ぽかーんと口を開けて、こちらを見上げていました。
* * *
「ばかばかしいっ!!」
びりびりびりっ。
心をこめて書いた報告書は、読まれもせずに破られました。
「竜の苦情だと? 魔物に『思い出』だと? 国の恥をさらす気か、小娘ぇ!」
「ですから、塔の宝珠を竜にお返しすれば、それですべて丸くおさまるんです! 誰も戦わずに済むんです!」
「黙れ黙れ! あの塔はわしの偉業! てっぺんの宝珠は『聖竜の加護』として外国のお偉いさんにも自慢して、見物料まで取っておるのだぞ!」
見物料。取っていたんですね。ひとさまの、形見で。
「三日後、騎士団があのデカいトカゲを討つ。竜殺しの英雄として、わしの名は歴史に残る。お前の窓口はそうさな、討伐を見届けさせてから、廃止にしてくれるわ」
ぞっとしました。
この人は、最初から話を聞く気がないんじゃない。
「竜退治のお手柄」が、欲しいだけなんだ。
「塔には近づくなよ。鍵もかけた。うろつけば投獄だ。ふん、税金泥棒が」
取りつく島もなく、わたしは窓口に追い返されました。
物置の隣の、ほこりっぽい小部屋。
カウンターの上には、誰も読まない、古びた銅の銘板がかかっています。
『初代国王の命により、この窓口を永久にここに置く』
……「永久に」、ね。
あと三日で潰される窓口にしては、ずいぶん立派なことが書いてあります。
わたしは、おばあちゃんの残した苦情台帳を開きました。
何十年ぶんもの、魔物たちの声の記録。
ページをめくるうち手が、止まりました。
この二年、記録の数が、おかしいんです。
『角を持つ我が子が、攫われた』飛竜の谷。
『卵を、ぜんぶ盗られた』グリフォンの巣山。
『母の毛皮を、返して』銀狼の森。
高く売れる体を持つ魔物さんたちの苦情ばかりが、二年前から、急に、四十件以上。
二年前。
……あの白い塔の、工事が始まった年です。
まさか、と思った、そのとき。
ちりん、と。
カウンターの呼び鈴が、鳴りました。
* * *
「すまない。営業時間は過ぎているか」
顔を上げて固まりました。
カウンターの向こうに、夜がそのまま人のかたちになったような男の人が、立っていました。
黒い髪。金にも紅にも見える瞳。びっくりするほど、顔がいい。
そして、その頭の横には、りっぱな黒い角が、二本。
「く……苦情の受付は、年中無休、二十四時間、うけたまわって、おります……」
「そうか。よい窓口だ」
男の人は満足そうにうなずくと、慣れた手つきで受付票を取り、さらさらと書きはじめました。
【お名前】ノクス
【ご職業】魔王
「…………まっ、魔王!?」
「いかにも」
魔王様でした。本物の。大陸の北半分を統べるという、おとぎ話と歴史書の中の、あの。
腰を抜かしかけたわたしに、魔王様は真顔のまま、受付票をすっと差し出しました。
【苦情内容】人間の密猟者が、我が領の魔物を攫う。卵、角、鱗、毛皮。この二年で、四十七件。
「……二年で、四十七件」
台帳の記録と、ぴたりと重なる数字でした。
「配下に足取りを追わせた。盗まれたものはすべて、この国に流れている。買い主は、ずっと同じ。そして支払いの金の出どころは『白い塔の建設資金』だった」
魔王様は、一冊の古い帳簿を、ことりとカウンターに置きました。
その影から、ちいさな黒猫みたいな魔物さんが、ぴょこんと顔を出します。密猟団の隠れ家から、この子たちが「回収」してきた本物だそうです。
買い主の欄に、べったり押された紋章。
ひきがえるをかたどった、家紋。
ガマンド財務大臣の、紋章でした。
つまり、こういうことです。
大臣は密猟団を雇って魔物さんたちを狩らせ、その体や宝物をこっそり高く売りさばいて。
そのお金で、ご自慢の白い塔を建てた。
この二年、あちこちで「魔物の被害」が増えたのは家族や宝物を奪われた魔物さんたちが、怒り、悲しみ、人里へ「声」を上げに来ていたから。
ぜんぶ。ぜんぶ、つながっていました。
「本来なら、いますぐここは戦場だ」
帳簿を持つ手が震えるわたしに、魔王様は静かに言いました。
「だが、三百年前の盟約がある。手続きは、踏もうと思ってな」
「め、盟約……?」
魔王様は長い指で、カウンターの上の古びた銘板を、こつん、と叩きました。
『初代国王の命により、この窓口を永久にここに置く』
「三百年前、俺と初代の王とで交わした約束だ。『人は、魔物の声を聞く窓口を絶やさない。窓口が開いているかぎり、魔は人を攻めない』。署名したのは初代の王と……この、俺だ」
…………。
物置の隣のこの小部屋、平和条約そのものでした。
「先代の係には、世話になった。豪快なばあさんでな。茶がうまかった」
「! おばあちゃんを、ご存じなんですか」
「ああ。……なるほど、孫か。道理で」
魔王様は、ふ、と目もとをやわらげました。
「同じ目をしている。『聞く者』の目だ」
その夜、わたしと魔王様は、ちいさなカウンターをはさんで作戦を立てました。
期限は、三日目の夕方。ヴェルデ様が回答を聞きに来る、大勢の前で、何もかも明るみに出すこと。
「囮に近い役目だ。……怖くは、ないのか」
「怖いです。すごく。でも、お受けした苦情には、お返事をしないと」
わたしは、いつのまにか抱きしめていた受付板を、ぎゅっと抱え直しました。
「窓口、ですから」
魔王様はしばらく、ふしぎなものでも見るようにわたしを見つめて。
それから、ぽつりと言いました。
「……いい窓口だ」
ちなみに魔王様は、翌日の夜も来ました。
【苦情内容】勇者がうるさい。月に三度も城の壁を壊していく。
(受理しました。勇者ギルド様へ転送いたします)
その翌日の夜も来ました。
【苦情内容】特になし。茶を、飲みに来た。ついでに魔界の菓子を持ってきた。
(それは苦情なのでしょうか、魔王様。あと、見た目は真っ黒なのに、お菓子はすごくおいしかったです)
ついでに「この、ぽん、と押すやつを俺にもやらせろ」とおっしゃるので、受理印を押していただきました。
ぽん。
大陸の北半分を統べる御方が、ほんのちょっとだけ、うれしそうでした。
あと、すきま風だらけだったわたしの窓口が、その夜から、なぜか、ぽっかぽかにあったかいんです。
魔王様、何かなさいました?
「……さあな。古い建物にも、奇跡くらい起きる」
絶対あなたですよね。
そして三日目の朝には、めずらしいお客様が来ました。
ちりん。
「……邪魔をする」
騎士団長の、ガルム様でした。鎧のまま、ものすごく気まずそうに、カウンターの前で直立しています。
「に、人間のお客様……開設以来、初……!」
「すまんな。記念すべき一人目が、むさいおっさんで」
ガルム様は、ぼそぼそと教えてくださいました。今日の夕方、大臣が大広場で開く「討伐ショー」の段取り。陛下のお席の位置。それから。
「あんたの婆さんには、若いころ、命を救われた。トロールの忠告を笑わずに届けてくれたおかげで、俺の隊は、落ちる橋を渡らずに済んだんだ」
ガルム様は、受付票に、大きな四角い字で書いて、帰っていかれました。
【ご用件】今日の夕方、あんたが走りやすいように、道を空けておく。それだけだ。
……受理、いたしました。
何度も読み返して、ちょっとだけ、泣きました。
* * *
決戦の日は、雲ひとつない夕暮れでした。
白い塔の前の大広場には、騎士団がずらり。見物の市民がぎっしり。バルコニーには、国王陛下のお姿まで。
ぜんぶ、ガマンド大臣が仕込んだ「竜討伐ショー」の観客でした。
「諸君! 本日この時、わしの指揮のもと、邪悪なる竜めを討ち果たすのである!」
大臣が声を張り上げた、そのとき。
西の空がふっと、かげりました。
古竜ヴェルデ様。お約束どおり、三日目の回答を、聞きにいらしたのです。
「ひっ……は、放てえっ!!」
大臣が叫びます。けれど。
「全隊、待てええっ!!」
騎士団長ガルム様の号令一下、矢の一本も飛びませんでした。
「な、なにをしておるかガルム!! 命令が聞けんのか!!」
「魔物相談窓口の回答期限は、本日の夕刻と聞いております」
ガルム様は、岩みたいな顔で、きっぱりと言いました。
「王立窓口の正式な業務を、騎士団が妨げるわけには参りませぬ」
「は……はああ!?」
その隙に、わたしは空けてもらった道を、広場のまんなかまで走り抜けました。
手には、清書した回答書。
「古竜ヴェルデ様!! 先日のご相談に、王立魔物相談窓口より、お返事を申し上げます!!」
広場が、しん、と静まりました。
「お探しの品つがい様の形見の鱗は、この白い塔の最上階に、『聖竜の加護の宝珠』と呼ばれて飾られています!! 丘から持ち去らせたのは、塔の建設責任者!! よって当窓口は、形見の即時ご返却が正しいと、回答いたします!!」
『であろう、な』
ずん、と。
竜の声が、はじめて、広場の全員の耳に響きました。ヴェルデ様が、人の言葉で、吼えたのです。
「りゅ、竜がしゃべった……」
「おい、じゃあ自慢の宝珠ってまさか、盗品か……?」
「あの受付の嬢ちゃん、ほんとに魔物と話せたのか……!」
ざわめく群衆。みるみる青ざめていく大臣。
「で、でたらめだ!! わしは正当にあの宝珠を……だ、だいたい、魔物の言い分など誰が信じ」
「では、こちらの言い分はどうだ」
夜が、地面からにじみ出すように。
広場のまんなかに、黒衣の魔王様が、音もなく現れました。
悲鳴。どよめき。へたりこむ人々。
「魔王ノクスだ。本日は苦情の申し立てに来た」
魔王様は、よく通る声で、淡々と告げました。
「この二年、我が領の魔物が四十七件、密猟の被害にあった。これがその取引の帳簿。買い主の紋はそこな、蛙の紋だ」
帳簿が、陛下の御前へ運ばれます。
あわせてわたしは、おばあちゃんとわたしの、二代ぶんの苦情台帳を、両手で差し出しました。
「陛下。この二年で急に増えた各地の魔物の被害は、その日付も場所も、すべて……家族や宝物を密猟で奪われた魔物さんたちの『訴え』と、一致いたします。魔物は、理由なく暴れたりしません。ずっと、ずっと声を、上げていたんです」
御前で、帳簿と台帳が突き合わされていきます。
日付。場所。品目。
ぴたり。ぴたり。ぴたり。
「ち、ちがう、わしは、これは、その」
「え、ええい、そうだ!! そもそも、その女だ!! 窓口の女が、竜と魔王を国に呼びこんだのだ!! 反逆だ!! 誰か、その女を捕らえよ!!」
往生際が、悪すぎる。
衛兵さんたちが、おろおろとこちらを見た、その瞬間。
すっ……と。
わたしと衛兵さんたちのあいだに、黒い背中が、割りこみました。
「彼女に触れる手は、凍る」
魔王様は、振り向きもせずに、静かに言いました。
「たとえ話では、ない」
広場の気温が、たぶん三度くらい下がりました。
衛兵さんたちは、ぶんぶんぶんっと首を横に振って、なぜか大臣のほうを取り囲みました。賢明です。
「……ガマンド。申し開きは、それで終わりか」
バルコニーから、陛下の低いお声が降ってきました。
「塔を、検めよ」
騎士団が、白い塔へなだれこみます。
最上階から、うやうやしく降ろされてきたのは夕陽を受けて虹色にかがやく、大きな大きな、一枚の鱗。
さらに、大臣の「美術品の間」からは、売りさばく前の角や毛皮の山、そして、まっ黒な裏帳簿まで出てきました。
言い逃れの、しようも、ありませんでした。
「ガマンドを捕らえよ」
「お、おやめくだされ陛下!! わしは、わしはこの国のためにいいいい!!」
引きずられていく元大臣の上空を、グリフォンのご夫婦が、無言で、じいーっと旋回していました。
卵を盗まれた、あのご一家です。
……こわい。あれは、こわい。
そして魔王様は、最後に、こう付け加えました。
「ああ、それと。この国に、かの窓口を『無駄』と呼んで潰そうとした者がいると聞いたが」
ちらり、と。氷の瞳が、元大臣を見ます。
「あの窓口は、三百年の盟約そのものだ。潰した瞬間、約束は破棄三百年ぶりの開戦と、心得てもらおう」
元大臣は白目をむいて、今度こそ、どしゃりと気絶しました。
* * *
『……ああ。ああ、あなた……。おかえり。おかえりなさい……』
返された鱗に、ヴェルデ様はそうっと鼻先を寄せて、長いこと、長いこと、動きませんでした。
広場のみんなが、もらい泣きしていました。ついさっきまで「討伐ショー」を見物に来ていたはずなのに、現金なものです。
わたし? わたしは、抱えていた受付板が、涙でしょっぱくなりました。
その後のことを、すこしだけ。
ガマンド元大臣は、国のお金の横領と密猟の罪で、財産をぜんぶ没収されました。
夕陽をさえぎっていた塔の上のほうは取り壊しが決まり、その作業は、償いとして「とある元大臣」が、一生かけて、手押し車で石を運んで行うことになったそうです。
ざまあみろ、なんて、受付係は言いません。
言いませんけど。まあ、その。心の中では。
密猟団は、魔王様の影の魔物さんたちが、ひと晩でまるごと捕まえました。
グリフォンご夫婦の卵は、売られる前にぜんぶ無事に保護されて、先週、ぴよぴよのヒナがかえったそうです。よかった。ほんとうに、よかった。
銀狼の森には、騎士団の演習で潰されかけていた温泉が戻り、ウルフのご一家から「いつでもつかりに来い」とお招きをいただきました。
王宮の書庫の奥からは、三百年前の盟約の原本も見つかりました。
初代国王陛下と、魔王ノクス様。ふたつの署名。
いまの陛下はそれを広場で読み上げ、あらためて、わたしの窓口の前で頭を下げてくださいました。
「永いあいだ、この国は『聞くこと』を忘れていた。モリー受付係。そなたと、そなたの祖母に、王家として詫びを」
おばあちゃん。聞こえてますか。
陛下が、おばあちゃんに、ごめんなさいって。
そして、西の茜の丘には夕陽が、戻りました。
『人の子よ』
帰りぎわ、ヴェルデ様はわたしの前に、すうっと首を下げて、ご自分の鱗を一枚、はらりと落としてくださいました。
『困ったときは、空へ向かってこれを振るがよい。どこにいても、飛んでいってやろうほどに。友の、証じゃ』
手のひらの上で、エメラルドの鱗が、きらきら光ります。
たぶん、国宝級です。でもそれより、「友」のひとことのほうが、ずっとずっと、うれしかったのです。
* * *
ひと月後。
「魔物相談窓口」は、「王立魔物相談局」に格上げされました。
新しい庁舎は、なんと、ちょっと低くなったあの白い塔。
係は、わたしひとりから、十二人に。
陛下じきじきの謝罪と、おばあちゃんの代までさかのぼったお給金の支払いもありました。……おいも生活、卒業です。
窓口の前には、毎日、行列ができています。
薬草を採られすぎて困っているスライムさんたち。
人間の村との縄張りを相談に来た、森の主さま。
「騎士団の演習が、また温泉に近い」と見回りに来る、銀狼のお父さん。
夕方になると、新庁舎のテラスでお茶を飲んでいく、エメラルド色の常連様。
それから。
ちりん。
「すまない。今日も来た」
「いらっしゃいませ、魔王様。本日のご用件は」
「苦情だ」
魔王様は、いつもの真顔で、受付票をすっと差し出しました。
【苦情内容】会いたい人間に会うための「苦情」が、とうとう尽きた。由々しき事態である。
【ご要望】貴殿の窓口の「永久指名権」を希望する。場所は問わない。なお、俺の城には、夕陽のよく見える受付台を、すでに用意してある。
「…………え、ええと、これは、その」
顔が、ぼっと熱くなりました。受付票を持つ手が、ふるえます。
「か、確認ですが……こちら、どの区分で、お受けすれば……」
「そうだな」
魔王様は、ほんのすこしだけ笑って、カウンター越しに、わたしの手を、とりました。
「『求婚』の区分で頼む。回答は、三営業日以内でなくていい。一生かけて、聞かせてくれ」
窓の外で、ばさりと大きな羽音。
テラスの常連様が、『ほっほっほ、青いのう』と笑っているのが、聞こえました。
え、ええと、ええとですね。
こ、こういう場合の受理印は、ど、どこに押せばいいんでしょうか!?
王立魔物相談局、本日も平常営業です。
苦情、ご相談、迷子のヒナの捜索から、けっこ……求婚(!?)まで。
まごころこめて、承ります。




