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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第7章:地上の重力、空の嘘

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重力への回帰



 背後のダクトから放たれた追撃の閃光が、アンカー・ポイントの無機質な鋼鉄壁を焼き、不快なオゾン臭を撒き散らした。


「テオ、早く! 障壁術式が持たないわ、あと十秒で彼らはこの部屋の位相を物理的に固定してくる!」

 ヴァレリーが叫び、魔導杖を逆手に持って物理的な盾として構える。査察官たちが放つのは、対象を空間ごと固着させる凍結呪文だ。一度発動すれば、この巨大なアンカーを動かすための可動部は、永遠に動かぬ彫刻と化してしまう。


「十秒あれば、物理法則は二度世界を書き換えられます」

 テオはバールを握り直し、樹脂が固まった関節部の応力集中点を見定めた。

「アイリス、君の魔力を指先に集めて。熱や光ではなく、高周波の振動として私のバールに流し込んでください。共振現象を利用して、この樹脂の結合組織を内側から破壊します」


「……やってみるわ!」

 アイリスがテオの背中に手を当て、自身の極大魔力を極限まで圧縮して送り出す。

 テオの手に持つバールが、目に見えない速度で震え始めた。絶縁体であるテオの身体を通じて、魔力は術式に変換されることなく、純粋な物理的振動として鋼鉄へと伝播する。


 カキィィィィィィィン!!


 耳を劈くような高音が響き、化石のように硬化していたマジック・セメントに、一筋の深い亀裂が走った。テオはその隙間にバールの先をねじ込み、テコの原理を最大限に利用して全体重をかける。


「剥離、開始!」


 パキパキと小気味よい音が鳴り、数百年もの間、錨を縛り付けていた呪いの樹脂が、ただの砂利のように剥がれ落ちていく。それと同時に、ダクトを抜けてきた査察官たちが放った凍結呪文が、部屋の入り口を白い結晶で埋め尽くした。だが、一歩遅かった。


「アンカー、物理ロック解除。アイリス、全出力を重力方向へ!」


「……いっけぇぇぇぇ!」


 アイリスがシリンダーの受圧部に魔力を叩きつけると、折り畳まれていた巨大な爪が、重厚な油圧音と共にその翼を広げた。

 ズゥゥゥゥゥォォォォン……!

 都市全体の質量が、一瞬だけ不自然に浮き上がったかのような感覚。それは、アンカーが展開されたことによる、空気抵抗の増大と重心の移動の結果だった。


「……何をした!? 都市の空力バランスが崩れるぞ!」

 凍結した入り口の向こうで、査察官の声が絶望的に響く。


「バランスを崩しているのは、重力を無視して空に留まり続けるその傲慢さです」

 テオは、展開された巨大なアンカーの支柱に寄りかかり、荒い息を吐いた。

「私たちは今、世界で最も重いブレーキを引きました。ここから先は、魔法の高度維持プログラムと、地上の引力による真剣勝負です」


 都市の底から、今まで聞いたこともないような力強い風切り音が鳴り始めた。

 それは墜落の悲鳴ではない。かつて人類が地上と交わした、約束の着地への第一歩だった。

 窓のない暗い部屋で、四人は今、物理的に「地球」と繋がり始めていた。


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