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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第7章:地上の重力、空の嘘

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黎明の質量



 浮遊都市の東端から、本物の太陽が顔を出した。

 魔法で色付けされた空ではなく、大気による光の屈折が生み出す、冷徹で、かつ圧倒的な黄金色の光だ。


 第ゼロ機関区から這い出してきた四人の影は、学園の裏庭にある人気のないテラスに辿り着いた。テオの灰色の作業服はぼろぼろに引き裂かれ、火傷を負った両手にはカイルが応急処置で巻いた包帯が痛々しく白く浮いている。


「……終わったのね。本当に」


 アイリスが、手すりに体重を預けて呟いた。彼女の豪奢なドレスは泥と油で見る影もなく汚れていたが、その顔は不思議と晴れやかだった。彼女が放った極大の魔力は、都市を押し上げる「圧力」として使い果たされ、今はその体内に心地よい疲労感だけが残っている。


「終わってはいませんよ、アイリス。……これは単なる、不備の一時的な修正に過ぎません」


 テオは包帯の巻かれた指で、懐から計算尺を取り出そうとして、痛みに顔をしかめた。


「都市の高度は安定しましたが、物理的な摩耗は確実に進行しています。今回、あなたの魔力で強引に回したメインシャフトは、計算上、次の三ヶ月でコンマ二ミリの歪みを生じるはずです。魔法でごまかし続ける限り、私たちは常に『墜落までの残り時間』を削りながら生きることになる」


「テオ。……少しは休んだらどうだ? 世界を救った翌朝くらい、物理法則を忘れても罰は当たらないぜ」


 カイルが苦笑いしながら、手元の端末に表示された「賢人会」の緊急声明を映し出した。そこには、昨夜の異変を『創立祭の演出に伴う一時的な魔力密度の変動』と定義し、平穏を強調する傲慢な文言が並んでいた。


「見てくれよ。奴ら、あれだけのことがあってもまだ『魔法の完璧さ』を謳ってやがる。サイレント・ギアのことも、地下の歯車のことも、すべては闇に葬るつもりだ」


 ヴァレリーが、自身の胸に輝く銀色の紋章をじっと見つめていた。そして、迷いのない手つきでそれを引き剥がし、テラスの床に置いた。


「……もう、この嘘の盾は必要ないわ。賢人会が何を隠そうと、私はこの目で『回る歯車』を見た。魔法が届かない場所で、一人の少年が血を流して世界を支える姿を見た。……私は風紀維持局長としてではなく、一人の観測者として、この街の『不備』と向き合うことに決めたわ」


 彼女の言葉は、明け方の澄んだ空気に静かに溶け込んでいった。


 上層では、何も知らない市民たちが目覚め、再び魔法の利便性に身を委ね始めている。蛇口を捻れば水が出て、杖を振れば明かりが灯る。その当たり前の「奇跡」を維持するために、地下では今この瞬間も、巨大な鉄の塊が自重に耐え、摩擦熱を吐き出し続けている。


 テオは、遠くに見える地上の地平線を眺めた。

 雲海に遮られて見えないはずの「地面」の質量が、今の彼にはありありと感じられた。


「……アイリス、局長。これからは、魔法という翼だけでなく、物理という足場が必要になります。……この街をいつか正しく地面に降ろすための、新しい設計図を書かなければなりません」


「テオ、あなたと一緒に……?」

 アイリスが首を傾げて問う。


「鑑定士には、有能な助手と、情報の仕入れ先、そして……現場を黙認してくれる権力者が必要です。不備だらけの世界を直すには、私一人の質量では足りませんから」


 テオの眠たげな半眼に、初めて微かな笑みが浮かんだ。

 それは希望という名の不確かな感情ではなく、計算式が完璧に成立した時にだけ訪れる、物理的な「正解」の形だった。


 浮遊都市の下で、一兆トンの質量を支える歯車が、一ミリの狂いもなく次の回転を刻んだ。


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