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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第6章:歯車が回る時

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アイリスの覚醒



「……熱い。身体の中が、沸騰しそうよ」


 アイリスの両手が主シリンダーの鋼鉄に触れた瞬間、彼女の視界は真っ白な魔力の奔流に染まった。

 今まで彼女が学んできた魔法は、美しい数式を組み上げ、優雅な現象を「描く」ものだった。しかし今、テオが彼女に求めているのは、そんな繊細なものではない。内側から溢れ出す極大の魔力を、ただの破壊的な「膨張エネルギー」としてシリンダー内部へ叩き込むという、野蛮なまでの力業だ。


 シリンダーの内部で、アイリスの魔力が物理的な熱と圧力に変換され、鋼鉄の壁を内側から激しく叩く。


「アイリス、そのままです! 制御しようとしないで、ただ『押し出す』ことだけに集中してください!」


 テオの声が、機械の咆哮を突き抜けて響いた。

 彼は巨大なクランクアームに身体を預け、シリンダーのピストン運動とアイリスの魔力放出のタイミングを、自身の身体感覚だけで測っていた。


 魔法による自動制御が死んでいる今、テオが「人間の目」でピストンの位置を確認し、最適なタイミングでアイリスに合図を送るしかない。一瞬でもタイミングがずれれば、逆流したエネルギーがシリンダーを粉砕し、二人は跡形もなく消し飛ぶだろう。


「カイル、クランク角を読み上げろ!」


「残り高度三千! 姿勢傾斜十二度! ……クランク角、九十、百、百二十……今だ、テオ! 圧縮上死点だ!」


 カイルの叫びと同時に、テオがクランクを力一杯引き絞った。


「アイリス、今です! 放て!」


「……あああああ!」


 アイリスが叫びと共に、自身の全魔力をシリンダーの深部へと解放した。

 瞬間、地下空間が目も開けられないほどの青白い閃光に包まれた。ドォォォォォォォン、という、腹の底を揺さぶるような爆発音が響く。


 それは術式による爆発ではない。アイリスの魔力が物理的な空気を一瞬で加熱し、膨張させたことによる「物理的な爆ぜ」だった。


 ピストンが猛然と押し下げられ、巨大なクランクシャフトが火花を散らしながら回転を始める。

 一度、二度。

 最初は不規則だった回転が、テオの精密なタイミング制御とアイリスの圧倒的な出力によって、次第に一定の「リズム」を刻み始めた。


「……回った。回ったぞ! 第ゼロ機関、再起動!」


 カイルの歓喜の声が響く。

 停止していた巨大なジャイロ・ギアが、再び重厚な唸りを上げて回転を開始した。都市の骨組みを伝わっていた「崩壊の振動」が、頼もしい「駆動の振動」へと書き換えられていく。


 アイリスは膝をつき、激しく肩で息をした。彼女の指先からは煙が立ち昇り、あまりの熱量に皮膚が赤く焼けている。だが、彼女の瞳には、かつてないほどの輝きが宿っていた。


「テオ……私、わかったわ。魔法は……空想じゃない。私のこの命が、熱を持って世界を動かしているのね」


 テオは無言で、過熱したクランクアームから手を離した。彼の掌の革手袋はボロボロに焼け焦げていたが、その表情には、計算が完璧に合致した時特有の、静かな満足感が浮かんでいた。


「魔法の火を、物理の器で受け止める。……アイリス、あなたがこの都市の『真の動力源』になった瞬間です。鑑定の結果は……完璧ですよ」


 足元から伝わる傾斜が、ゆっくりと水平に戻っていく。

 空の上では、何も知らない市民たちが祭りの終幕に歓声を上げているだろう。

 その一万メートル下で、一人の令嬢が魔法の真実を掴み、一人の少年が物理の意地を見せつけたことを、世界はまだ知らない。


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