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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第6章:歯車が回る時

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墜落のカウントダウン

「テオ……! 無事だったのね!」


 隔壁の向こう側から飛び出してきたアイリスが、煤と油にまみれたテオの身体を抱きとめた。テオの耐熱服からは未だに白く熱い蒸気が立ち昇り、ガスマスクのフィルターは熱で歪んでいる。


「……無事、の定義によりますが、とりあえず五体満足ではあります」


 テオは力なくマスクを外した。その顔は熱気で赤く火照り、髪は汗で張り付いている。だが、その瞳だけは、霧散し始めた蒸気の向こうにある「次の不備」を冷徹に射抜いていた。


 カイルが手元の端末を叩き、絶望的な数値をホログラムで投影する。

「喜んでる暇はないぜ。排圧弁を開けて爆発は防いだが、高度の低下が止まらねえ。魔導核の出力が不安定になったせいで、都市を支える『ジャイロ・ギア』の回転数が、臨界点以下にまで落ちた。このままだと、あと十五分で都市は水平を保てなくなり、地表へ真っ逆さまだ」


「……十五分。物理的な修正を行うには、あまりにも短い時間ですね」


 テオは壁に背を預け、震える手で自身の工具袋から一本の計算尺を取り出した。窓のない地下機関区であっても、テオにはわかる。足元の振動が「揺れ」から「傾き」へと変わりつつある。都市という数百万トンの質量が、ゆっくりと重力の檻へと引きずり戻されている感覚。


「テオ、私の魔力を使って! 私の全部を注ぎ込めば、街を押し上げられるんじゃないの!?」


 アイリスが叫ぶ。彼女の身体から溢れ出す極大の魔力が、青白い光となって暗い室内を照らし出した。その出力は、並の魔導師数千人分にも匹敵する。


「いいえ、アイリス。今の状態で闇雲に魔力を流し込めば、さっきと同じように熱に変わって機械を溶かすだけです。この街の歯車はもう、あなたの力を受け止めるだけの剛性を失っている」


 ヴァレリーが魔導杖を握り直し、唇を噛んだ。

「……打つ手はないというの? 私たちが信じてきた魔法も、あなたが守ろうとした物理も、このまま重力に負けるのを黙って見ていろと言うのね」


「いいえ。魔法の質を、物理の形で補完します」


 テオは顔を上げ、アイリスの瞳をまっすぐに見つめた。

「アイリス。あなたの魔力は、この世界のどんな燃料よりも高密度なエネルギーだ。それを術式としてではなく、ただの物理的な圧力として使います。第ゼロ機関区の主シリンダーへ直接、あなたの魔力を叩き込んでください。私がピストンのタイミングを手動で合わせます。あなたの力を、直接推力に変換するんです」


「直接……? そんなこと、したことないわ。魔法は、もっと優雅に、イメージを具現化するものだって教わったもの」


「優雅さは捨ててください。今は、泥臭い蒸気機関の火になってほしい。あなたが熱を出し、私がその熱を力に変える。……魔法という嘘を脱ぎ捨てて、純粋なエネルギー体として、この巨大な鉄の塊と心中する覚悟はありますか?」


 アイリスは一瞬だけ、上層にいる両親や友人の顔を思い浮かべた。そして、目の前にいる、自分をただの一人の人間として扱い続けてくれた絶縁体の少年を見つめた。


「……ええ。やってみるわ。テオ、あなたの計算を信じる。私の魔力が、この街を支える物理的な骨組みになるのね」


 アイリスが主シリンダーの受圧部に手を触れた瞬間、地下空間の空気がパチパチと放電を始めた。カイルが叫ぶ。

「カウントダウン開始だ! 落下一分前までに姿勢を立て直せなきゃ、全滅だぞ!」


 テオは巨大なレンチを再び握り、シリンダーのタイミングを計るためのクランクアームへと飛びついた。魔法と物理。水と油のように決して相容れなかった二つの力が、崩壊しゆく都市の底で、初めて一つの仕事をおこそうとしていた。


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