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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第6章:歯車が回る時

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魔導核のオーバーロード

「……熱い。空気が、質量を持って肌を押し潰してくるようだわ」


 アイリスが自身の喉元を抑え、苦しげに喘いだ。

 第ゼロ機関区へと続く螺旋階段を下りるほどに、酸素は薄れ、代わりに高濃度のマナと焦げ付いた潤滑油の匂いが混ざり合った「重い空気」が空間を支配していく。


 ここは、都市の最深部。大魔導核が発する膨大なエネルギーを物理的な推力へと変換する、いわば「変換室」だ。創立祭の演出のために限界まで引き上げられた出力は、もはや魔法の制御を超え、剥き出しの熱量カロリーとなって巨大な石室を白熱させていた。


「当然です。魔導核から溢れ出したマナが、物理的な空間の容量を超え、熱力学的な崩壊を起こしかけている」


 テオの声だけが、この灼熱の中で驚くほど冷静に響いた。

 彼は絶縁体であるがゆえに、空間に満ちる魔力の圧力に精神を焼かれることがない。彼にとって、この「地獄」は単に『温度が高すぎる不備な部屋』に過ぎなかった。


「テオ、これを見てくれ!」

 カイルが、熱で歪み始めたモニターを指差す。

「魔導核の出力は定格の120パーセントを突破している。なのに、都市を支える浮力発生装置リフターの回転数は、逆に低下し続けているんだ。エネルギーは注ぎ込まれているのに、仕事量が減っている。……物理的な『詰まり』だ!」


「魔法エネルギーの飽和、ですね」

 テオは、唸りを上げる巨大な鋼鉄のシリンダーに歩み寄った。

「局長。あなた方はマナを無限の資源だと思っている。だが、マナを動力に変えるには、必ず『冷却』という物理的な工程が必要になる。……今の状態は、エンジンに燃料を注ぎすぎて、燃焼室が自らの熱で溶け始めた状態です」


「……私の魔力で、この熱を抑えられないの?」

 ヴァレリーが震える手で魔導杖を構えた。だが、彼女が氷結魔法を紡ごうとした瞬間、杖の先から放たれた魔力は、空間に充満する高密度マナに「食われ」、瞬時に霧散した。


「無駄です、ヴァレリー局長。ここでは魔法のことわりが、魔法そのものの重圧で圧死している。火を消すために、火薬を投げ込んでいるようなものです」


 テオは、腰の工具袋から厚手の断熱グローブを取り出し、真っ赤に熱せられた手摺りを掴んでさらに奥へと進んだ。

 そこには、大魔導核から伸びる数千本の「魔力伝導管」が束ねられた、巨大な分配器マニホールドがあった。


 そのバルブの隙間に、不自然なほど白い「塵」が詰まっているのを、テオの目は逃さなかった。


「……エアロジェル。あの断熱材の粉末ですね」


「何だって? 記録庫を冷やしていたあの素材か?」

 カイルが叫ぶ。


「ええ。サイレント・ギアは、冷却水の循環経路にこの粉末を混入させた。エアロジェルは極めて高い断熱性を持ち、かつ非常に軽い。これが配管の内側にこびりつくことで、魔導核から熱を奪うはずの冷却水が、逆に『熱を閉じ込める外套』に変わってしまった」


 魔法が「もっとエネルギーを」と叫び、魔導核がそれに応えてマナを吐き出す。

 しかし、物理的な冷却系が死んでいるため、そのエネルギーは推力に変換される前に、すべてシリンダー内部の「熱膨張」として浪費される。

 結果として、金属は膨らみ、摩擦は増大し、歯車は回らなくなる。


 魔法が強くなればなるほど、物理的な拘束が強まり、都市は重力に屈していく。

 これこそが、サイレント・ギアが仕掛けた「魔法社会への皮肉」だった。


「……テオ! 建物が、軋んでいるわ!」

 アイリスが叫ぶのと同時に、巨大な衝撃音が地下に轟いた。

 限界を超えたシリンダーの一つが、内部の圧力に耐えきれず、物理的に「破断」したのだ。


 吹き出す過熱蒸気が、白く視界を染める。

「カイル、第4系統のバルブを強制遮断してください! 局長、アイリスを連れてバックアップの隔壁まで退避を。ここからは、魔力を持たない私にしかできない仕事です」


「一人で行くつもり!? 死ぬわよ、そんな熱の中に飛び込んだら!」

 ヴァレリーが叫ぶが、テオは振り返らなかった。


「死にませんよ。私は絶縁体で、この服は師匠が遺した耐熱仕様だ。……それに、私は鑑定士です。壊れた世界の直し方を知っていて、それを放置するのは、私の美学に反しますから」


 テオは、真っ白な蒸気のカーテンの向こう側、激しく火花を散らす「物理の心臓」へと駆け出した。

 祭りの喧騒は、もはやここには届かない。

 ただ、鋼鉄が裂ける悲鳴と、熱い蒸気の唸りだけが、この世界の真実の声を上げていた。


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