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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第5章:50年前の遺産

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絶縁体の系譜

「……俺たちが調べてきた『50年前の事故』。あの時、都市を止めるために心臓部へ潜り、命を落とした技師の名が、ようやく判明したぜ」


カイルが、端末の画面に掠れた顔写真を映し出した。そこには、現在のテオと驚くほど似た、眠たげな半眼をした初老の男が写っていた。テオの師匠であり、彼に「物理」のすべてを叩き込んだ育ての親だ。


テオは、その写真を見つめることもなく、自身の左手首に巻かれた古びた真鍮のバングルを静かに指でなぞった。それは魔道具アーティファクトではない。ただの、導電率の高い金属の輪だ。


「局長。あなた方は、私のような絶縁体を『魔法の才能がない欠陥品』と定義していますね」


テオの声は、地下倉庫の澱んだ空気の中に、重く冷たく響いた。

ヴァレリーは答えに窮した。魔力を持たない者は市民権すら制限されるこの都市において、絶縁体は長らく「進化の過程で捨て置かれた先祖返り」だと教えられてきたからだ。


「だが、物理学的に見れば、意味のない事象など存在しません。絶縁体――体内の魔力が完全にゼロであるという特性は、自然発生的な変異ではなく、ある特定の環境下で活動するために『設計』された形質です」


「設計……? 誰が、人間を設計したというの?」

アイリスが、自身の胸元にある極大魔力のコアを抑えるようにして、一歩歩み寄る。


「50年前のあの日、都市を救った技師たちは悟ったのです。魔法エネルギーが飽和し、魔導師が即死するほど高濃度のマナが渦巻く『心臓部』において、魔法を使える人間は何の役にも立たない。自らの魔力が外部のエネルギーと共鳴し、内側から焼き切られてしまうからです」


テオは、カイルが映し出した師匠の記録の裏側に隠されていた、極秘の生体データを展開させた。そこには、テオの幼少期の健康診断記録と、それに対応する「特殊部品」としての仕様書が並んでいた。


「魔力を持たないのではない。魔力という波に干渉されないよう、神経系そのものが特殊な皮膜で覆われている。高熱の機関部に素手で触れる断熱材のように、私は、魔力という名の『毒』の中でも平然と物理作業を行えるよう、意図的にこの世に送り出された『生体部品バイオ・コンポーネント』の末裔なんです」


「そんな……。テオ、あなたは道具として生まれたというの?」

アイリスの碧眼に、言葉にできない悲痛な色が浮かぶ。魔法という恩寵を享受し、それに苦しんできた彼女にとって、その恩寵そのものを遮断するために生まれてきたテオの存在は、あまりにも残酷な鏡のように映った。


「絶望する必要はありません、アイリス。私はこの性質を気に入っています。魔法という便利な嘘に惑わされず、重力と摩擦という『本当の神様』の言葉を直接聞くことができますから」


テオは自嘲気味に口角を上げた。

「師匠はいつも言っていました。『お前は世界で一番不自由だが、世界で一番正確な定規だ』と。……私の師匠は、50年前に都市を止めた際、魔導核のオーバーロードに巻き込まれた。彼は絶縁体ではなかった。だから、命を削って歯車に楔を打ち込んだ。……そして、二度と同じ悲劇を繰り返さないために、魔力の影響を一切受けない『私のような個体』を育てるための系譜を、地下の泥の中に残した」


ヴァレリーが、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

彼女が守ってきた「秩序」は、魔法を持たない者たちの、血の滲むような物理的な献身と、その「絶縁」という名の犠牲の上に成立していた。魔導師が優雅に空を飛ぶための高度を維持しているのは、魔力に焼かれながら鉄を叩き続ける「道具」たちの系譜だった。


「……賢人会は、この事実を知っているはずよ」

ヴァレリーの声が震える。

「だから、彼らはあなたを恐れた。単なる無魔ではなく、彼らが隠蔽し、使い潰してきた『機械時代の生き証人』であるあなたを」


「彼らが何を恐れようと、物理的な事実は変わりません」

テオはランプを手に取り、出口の階段へと歩き出した。

「私の身体が魔力を受け付けないのは、私にこの都市の『心臓部』へ行けという、50年前からの設計図の指示です。サイレント・ギアが何を企んでいようと、最後は物理の力でしか解決できない場所がある」


テオの背中は、これまでよりも小さく、そして同時に、都市全体を支える巨大な柱のように強固に見えた。

彼が絶縁体である理由。それは、魔法に支配された空虚な空の中で、唯一「地面の重み」を背負い続けるための宿命だった。


「カイル、そのデータはすべて暗号化して保存してください。ヴァレリー局長、あなたはご自分の魔導杖が、なぜ今の私を攻撃できないのか、その物理的な理由をじっくり考えておいてください」


四人の足音が、暗い地下室に反響する。

テオの出生という名の「部品仕様書」をめぐる真実は、彼らをさらなる深淵――浮遊都市を浮かせる「真の動力源」へと導いていく。

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