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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第5章:50年前の遺産

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失敗の集積(アーカイブ)

 学園の情報管理局の最奥、そこは「情報の墓場」と呼ばれていた。


 魔導端末の処理速度が追いつかず、インデックス化すら放棄された膨大なログデータが、電子の塵となって漂っている。カイルは、自身の端末から伸びる幾本もの有線コードを、旧式のサーバーラックに直接突き刺していた。彼の瞳は、高速で流れる青白い文字列を追い続け、常人なら数分で精神を摩耗させる情報の濁流に身を浸していた。


「……あったぜ。魔法使いどもが『なかったこと』にした、完璧な世界の汚点だ」


 カイルの声は、掠れているが確かな興奮を帯びていた。テオ、アイリス、そしてヴァレリーが彼の背後に集まる。


「カイル、何を見つけたの? 50年前の記録なら、さっきの地下倉庫の禁書と同じ内容かしら」


 アイリスが身を乗り出す。彼女の碧眼に、カイルの端末が映し出す異様なグラフが反射した。それは、一定の周期を刻む波形が、ある一点で不自然なほど「平坦」になっている奇妙な記録だった。


「いや、禁書に書かれていたのは『設計思想』だ。俺が見つけたのは『実行結果』……つまり、実際に起きた事故の生データだ。いいか、この都市の歴史教本には、50年前に『大恩寵の再定義』っていう不可解な行事があったと記されている。魔導核の出力を安定させるために、全市民が一日だけ活動を制限されたっていう綺麗な話だ」


 カイルは、キーボードを叩いて一つのファイルを展開した。

「だが、この非公開の観測ログは、別の事実を語っている。50年前のその日、都市は『再定義』されたんじゃない。物理的に『静止』したんだ」


「静止……? 浮遊都市が止まったら、墜落するはずよ。慣性の制御を失えば、建物は崩壊し、私たちは空へと投げ出されるわ」


 ヴァレリーが即座に反論する。彼女の受けてきた教育では、都市の移動は魔導核による空間制御であり、停止という概念は存在しないはずだった。


「物理的な意味での『静止』ですよ、局長。……正確には、都市を支える巨大な歯車の回転が、一分間にわたりゼロになった」


 テオが、カイルの提示したグラフを指差した。

「見てください。この加速度計の数値。通常、この都市は魔導核の振動を逃がすために、物理的な微振動を繰り返している。だが、この記録ではその振動が完全に消失している。まるで、巨大な心臓が一度だけ拍動を止めたかのように」


「テオの言う通りだ」

 カイルが、さらに別のデータを重ね合わせる。

「面白いのはここからだ。歯車が止まったその一分間、都市の魔導核の出力は『最大』を記録している。つまり、魔法のエネルギーは注ぎ込まれ続けていたのに、物理的な機構がそれを完全に拒絶した。……何かが、歯車の噛み合わせに無理やり割り込み、都市全体の運動エネルギーを強引にゼロへと叩き落としたんだ」


 静寂が、四人を包み込んだ。

 魔法が万能であるならば、出力を上げれば物は動く。しかし、50年前のその日、魔法という名の巨人は、物理という名の沈黙の壁に力負けしたのだ。


「誰がそんなことを……。それに、なぜ都市は落ちなかったの?」


「落ちなかったんじゃない。落とせなかったんだ」

 カイルは、真っ赤に強調されたエラーログを指し示した。

「歯車を止めたのは、外部の敵じゃない。当時の『最高技師長』を名乗る人物だ。彼が物理的なブレーキをかけ、都市を強引に停止させた。その瞬間に発生した膨大な摩擦熱によって、地下の冷却管の半分が溶融している。……彼は、自分の命と引き換えに、都市が『回りすぎる』のを止めたんだ」


「回りすぎる?」

 アイリスが首を傾げる。


「慣性、ですよ」

 テオは、壁に寄りかかり、遠い目をした。

「魔法は加速を得意としますが、減速を軽視します。50年前、何らかの原因で魔導核が暴走し、都市の回転数が物理的な限界速度を超えようとした。もし、あのまま加速し続けていれば、都市は自らの遠心力でバラバラに引き裂かれていたでしょう。それを止める唯一の方法が、歯車に『物理的な楔』を打ち込むことだった」


 テオの言葉に、ヴァレリーは自身の魔導杖を握る手に力を込めた。

「……私たちの歴史は、その『失敗』を隠すために書き換えられたというのね。物理によって救われた事実を捨て、魔法による完璧な管理という物語を捏造した」


「ああ、そうだ。そして今、サイレント・ギアがやろうとしているのは、その50年前の『ブレーキ』を、今度は都市を救うためじゃなく、墜落させるために使うことだ」


 カイルは端末を閉じ、深い溜息をついた。

「俺たちがアーカイブから掘り起こしたのは、栄光の歴史じゃない。いつか必ず繰り返される『物理的な必然』の記録だ」


 テオは、暗い部屋の隅を見つめていた。

 魔法が奇跡を謳う裏側で、50年前の技師が残した鉄の匂いと、焦げ付いた潤滑油の記憶が、今の彼にはありありと感じられた。


「……失敗の集積は、同時に解決策の目録でもあります」


 テオは、カイルの肩を叩いた。

「その技師がどうやって都市を止めたのか。その『楔』の詳細な材質と座標を、さらに追ってください。それがわかれば、今の私たちが何をすべきかも見えてくるはずです」


 魔法の灯りが届かない「情報の墓場」で、四人は一つの恐ろしい真実を共有した。

 かつて都市を救った「物理的な抵抗」が、今度は牙を剥いて彼らに襲いかかろうとしている。

 50年前の遺産は、単なる記録ではなく、彼らの足元を揺らすカウントダウンそのものだった。


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