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無魔(ノーマ)の鑑定士~絶縁体の少年と、極大魔力の令嬢~  作者: ぱすた屋さん
第4章:日常の歪み

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魔法のない夜

 完璧な制御下にある浮遊都市において、「闇」とは存在しないはずの概念だった。


 夜になれば魔導灯が太陽の代わりを務め、冬になれば見えない熱の術式が空気を春の温度に保つ。市民にとって、魔力は空気そのものであり、それが途絶えることなど、世界そのものの終焉を意味していた。


 異変は、学園の西棟から始まった。

 夕食時の喧騒の中、回廊を照らしていた淡い琥珀色の光が、瞬きもせずに掻き消えた。それと同時に、常に耳元で微かに鳴っていた魔導核の唸り――都市の心臓の鼓動が、ぷつりと途絶えた。


「……え? 嘘でしょう?」

解除リリース照光ライト! ……あれ、発動しない?」

「嘘だ、私の杖が……石の棒みたいになってる!」


 暗闇の中で、困惑の声が瞬く間に悲鳴へと変わった。

 光が消えただけではない。空気を循環させていた対流術式が止まったことで、淀んだ湿気が急速に足元から這い上がってくる。さらに致命的なのは、保温魔法の停止だった。高度数千メートルの上空、本来であれば極寒の空気が、剥き出しの物理現象として学園の石造りの壁を侵食し始めた。


「落ち着きなさい! すぐに予備の魔力回路が起動します!」

 ヴァレリーの鋭い声が響いたが、彼女自身の掌に灯したはずの小さな光も、まるで風前の灯火のように頼りなく、やがて闇に飲み込まれた。


「無駄ですよ。回路そのものが物理的に破断しています」


 闇の奥から、静かな、しかし驚くほど明晰な足音が近づいてきた。

 テオだった。彼は魔力の光に頼ることもなく、手にした古い真鍮製のオイルランプで自身の足元だけを照らしていた。その後ろには、大きな荷物を背負ったカイルと、見たこともないほど分厚い毛織物のコートを纏ったアイリスが続いている。


「テオ! あなた、何が起きているかわかっているの!?」

「ええ。第12区画の魔力伝導管に、物理的な『亀裂』が入りました。サイレント・ギアが仕掛けた共振装置によって、管が金属疲労を起こしたんです。魔素が漏れ出し、この一帯の魔力密度はゼロに近い。どんなに優れた魔導師でも、ここにある空気マナが空っぽでは、魔法という火を灯すことはできません」


 テオは淡々と説明しながら、食堂の中央にある長机の上に、持ってきた荷物を広げた。


「魔法が消えたなら、物理で補うだけです。……カイル、燃料を」

「了解だ。おい、未来のエリート諸君! 魔法の呪文を唱える口があるなら、手を動かせ! 死にたくなかったらな!」


 カイルが布袋から取り出したのは、黒い塊――石炭と、乾燥した木屑だった。

「な、何よそれ、汚らわしい……。そんな石ころをどうしろって言うの?」

 一人の生徒が震えながら問いかける。


「火を点けるんです。酸化反応という物理的な熱源を確保します」

 テオはそう言うと、アイリスに小さな小瓶を渡した。

「アイリス、お願いします。あなたの手で『火』という現象を起こしてください」


「ええ……。魔法じゃない火、初めてだわ」

 アイリスは緊張した面持ちで、テオに教わった通りにマッチを擦った。

 シュッ、という乾いた音と共に、小さな、しかし力強いオレンジ色の炎が生まれた。


 魔法の炎のように青白く美しくはない。煤を吐き、パチパチとはぜる音を立て、不規則に揺らめく野蛮な光。しかし、その炎が木屑に移り、やがて石炭を赤く染め始めた瞬間、凍えきっていた食堂の空気が、物理的な「熱」によって僅かに膨張した。


「暖かい……。魔法の保温とは違う、直接肌を焼くような熱さ……」

 アイリスが自身の白い手を火にかざし、感嘆の声を漏らす。


「魔法は結果として温度を変えますが、物理はエネルギーの変換過程そのものです。……局長、生徒たちにこれを配ってください」

 テオが差し出したのは、銀色の薄いシートだった。

「アルミを蒸着させた緊急用ブランケットです。体温の放射熱を物理的に反射して、自身の質量で自分を温めるための道具です。魔法の結界よりは不格好ですが、電池切れはありません」


 ヴァレリーは受け取ったシートの奇妙な質感を確かめ、迷いを振り切るように叫んだ。

「全員、私の指示に従いなさい! 魔法に頼るのはやめなさい。今、私たちが信じるべきなのは、この火の熱と、自分の体温だけよ!」


 パニックは、実体を持った「熱」と「光」の出現によって、少しずつ沈静化していった。

 生徒たちは、自分たちの知らない「生きるための手順」に戸惑いながらも、テオが教えるままに火を絶やさぬよう石炭をくべ、毛布にくるまり、寄り添い合った。


「……皮肉なものね」

 ヴァレリーが、揺らめく焚き火を見つめながらポツリと溢した。

「私たちは世界を支配しているつもりでいたけれど、魔力が止まっただけで、明かりの点け方すら忘れた赤子に戻ってしまった。……テオ、あなたはいつも、この心細い闇の中で生きてきたの?」


「闇は心細いものではありませんよ、局長。ただ光の粒子が届いていない、というだけの状態です」

 テオはランプの芯を調整し、天井を見上げた。

「魔法の光が消えたおかげで、ようやく『本当の空』が見えますよ」


 テオが指差した先。魔導ドームの減光によって、いつもは眩しすぎて見えなかった浮遊都市の外の世界――果てしない宇宙に散らばる、本物の星々が、冷徹なまでに美しい物理的な輝きを放っていた。


「……綺麗。魔法の星空よりも、ずっと深くて、恐ろしいほど遠いわ」

 アイリスが窓辺に寄り添い、吸い込まれるような夜空を見つめた。


 その夜、学園の生徒たちが知ったのは、魔法の欠落という恐怖だけではなかった。

 火の熱さ、闇の深さ、そして、自分たちが「物質」としてこの世界に存在しているという、逃れようのない、しかし確かな実在感。


 魔法のない夜。それは浮遊都市が忘れていた、生々しいまでの「現実」との再会だった。

 テオはその喧騒の隅で、静かにノートを開いた。サイレント・ギアの残した物理的損壊のデータを書き込みながら。

「物理は、光がなくても壊れません。壊れるのは、嘘に依存した心だけです」


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