第8話 妹になっちゃった
「嬢ちゃん!」
「こっちだアリス!」
クソッ、もう終わりかなんて気を抜いたのが悪かった。ディンなら走って逃げられるだろうが、今のアリスは初めて見る魔物に腰を抜かしてやがる。それに距離も遠い。ティナは広範囲魔法の反動でまだ動けていない。私は手に持った鉄剣を握りしめながら弾かれるように飛び出す。
「いやっ!やだぁぁぁぁ!」
「伏せてろ!ハァァァッ!!」
まずは一体。両足を切り飛ばして無力化する。次、⋯間に合わないか。素早く駆け寄りアリスに一番近いゴブリンの頭をかち割る。それと同時にゴブリンから吹き出した黒い魔素が私の体に吸い込まれるように入ってきた。
「ぐううううあああああああ!」
これが魔素か。体が灼けるように熱い。腹の中がひっくり返りそうな吐き気もする。これなら月のものの方がまだ優しいね、生き残ったら平気になってそうだ。残り一体、相変わらずアリスに目をつけているようだ。棍棒を振りかぶってるがそうはさせないよ。
「ごふっ」
「クリスぅ!」
最後に残ったのはホブゴブリンだったか、運が悪い。動けるようになったティナが頭を撃ち抜いてくれたか、全員無事で、よかっ⋯⋯⋯
~~~~~
「アリスちゃん!大丈夫!?」
「ティナ!クリスが、あたしを庇って!」
クリスが俺の盾になって最後の一体の一撃を防いでくれた。ティナが傷の確認をするために服を裂いたが、脇腹がえぐられているように大きくへこんでいた。
「これは⋯私じゃ治せない。ディンさん、ポーションの在庫はない!?体を売ってでも返すから!」
「残念やけど手持ちは痛み止めの薬草しかないなぁ。それより動かさんほうがええで、あばら骨が砕けて内臓に突き刺さっとるわ」
足を切り飛ばしていたゴブリンにトドメを刺しながらディンがこちらに歩いてきて、クリスを見ながらそう言う。
「そ、そんな⋯あたっあたしなんか庇ったせいで」
「だからとっておきは残しておけって言ったのに、これは身から出た錆よ」
ポーション?俺を癒やした薬か!?俺なんかのためにこの怪我を治せる薬を使ったっていうのか?
「じゃあ早く街に運ぼうよ!王都へはあと少しなんでしょ!?」
「落ち着き。この怪我やと無理や。魔素も取り込んどるから安静にしても10分も持たんわ」
「そう⋯そうね。クリス、最後に言い残すことはない?」
何を言ってるんだこの人たちは!!まだ助かるかもしれないのに、見捨てるというのか!幼馴染なんだろ!?そんなの嫌だ!
「か、母さんに、ごめんって、それだけ⋯あと、ありがと」
「分かったわ、必ず伝えに行く。こっちこそ今までありがとね。ディンさん、アリスの目を塞いでおいて」
ティナはクリスの胸当てを外して、腰の短剣を抜き放ち心臓に切っ先を向けた。俺の目が手で覆われていく。そんなの許せるか。ふざけるな。自分の意思なんか関係無いみたいに、俺はディンの手を振りほどいて守るようにクリスに抱きついていた。
「いや!いやだよ!クリスを殺さないで!」
「アリスちゃん⋯これはクリスのためなのよ。運良く誰かが通りかかってもポーションを買うお金は手元にないし、譲ってくれるとも限らないの。それに、これ以上苦しませたくない。だから、泣かないで?ね?」
「いやだ!あだっあだじを助けでぐれだのはっクリスなのにぃぃ、こんなのないよぉぉ!」
感情が制御できない。いや、生前でも知り合いがこんな死に方をするなら同じ事をしただろう。自分を助けてくれた人が、再び助けてくれた上にそのせいで死ぬなんてあんまりだ。俺は無力だ。恩人に何も出来ない。
魅了なんて物のせいで振り回してばかりで借りも返せていない。そんなの嫌だ。誰か助けてくれ、女神でも誰でもいいから、なんだって差し出すからこの人を、どうかーー。
「泣く、なよ。そろそろ潮時だって、思ってたんだ」
「アリスちゃん、危ないから下がっていて。大丈夫、私は聖職者だから魂が迷うことはないわ」
「やだあああああああああああああああああああああ!!!!!」
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私も焼きが回ったね、まさか落とそうとしてたガキを庇ってくたばるとは。ま、片親で妖精も居ない半端者には泣いてくれる奴が居ただけマシってもんか。
あーあ、あの世で父さんになんて言おう。ごめん、かな?いやそれだと母さんへの遺言と被るか?よう、久しぶり!なんてどうだ?隠してた酒飲んじまったよ、悪いな!ってのも良いな。
しかし随分長い事放置してくれるじゃないか。こっちは苦しい思いして待ってんだ、早く一思いに逝かせてくれ。⋯?いや、苦しくないな。むしろ普通だ。死にかけると逆に苦しくなくなるって話は本当だったらしい。
いつまで経っても終わりがこないので思い切って目を開けると、まだ腰の辺りでわんわん泣いてるアリスが居て、その後ろに口をあんぐり開けてるティナとディンが突っ立っている。
あれ?なんか普通に起き上がれるし、ダルさも無い。腹を触ってみても怪我なんて無い。何が起こったんだ?まだポーションを隠し持ってて使ってくれたんだろうか、さすがは私の相棒だ。死ぬ寸前まで放置するとは些か性格が悪いが。
「生きてるねぇ。まだなんか隠し持ってたっての?」
「わ、わからない。アリスちゃんが緑色に光って、それで」
「ごろざないでええええなんでもずるがらああああああ!」
「まぁ治ったし、ええんちゃう?それよか腹減ったわ。飯でも食いながら話そか」
~襲撃現場から離れた場所にて~
「で、コイツが何らかの力を使って治したってことか?」
「そうみたい。泣いてる時の魅了も発動してなかったし、謎だらけね」
アリスは私にしがみついたまま隣りに座って黙っている。落ちたな⋯。
「魔法発動の陣も見えんかったしなぁ、もしかしたらギフトなんちゃうか?」
「あー⋯コイツは色々と人に言えない力があるってことだな。ディンさん、悪いけど王都に着いてもこの事は黙っててくれるか?」
「ええよ、お嬢ちゃんが居らんかったらあのゴブリンにぶん殴られるのは俺やったしな。そん時助かったとも思えへんし」
「悪い」
実際アリスの力には驚いた。瀕死の重傷を治せるのは優れた水魔法使いでも教皇クラスでないと無理だ。使ってしまったポーションであっても魔素が回った体を元に戻すなんて聞いたことがない。これは本格的に厄介事だな。
「ところでアリスちゃん、あなたの今後についてお話があるの」
「⋯なぁに?」
「このままあなたを王都に連れて行くと、恐らく近い内に不思議な力があることが周りに知れてしまう。その時、身寄りがない状態だととても危険なの。貴族や教会に無理矢理拐われてしまって、一生をそこで過ごすことになるかも知れない」
アリスは黙って話を聞いている。っつーかそろそろ離してくれないかなぁ、破れた服の残った部分が水分で重くなってきたよ。
「だからクリスの義理の妹になってほしい。私は教会に属している身だから、私の妹にするとそのまま取り込まれてしまうかも知れない。だけどクリスなら、司祭の友人の身内に手を出そうなんて馬鹿はそういないはずだから」
しばらく考え込んだ後、コクンと頷いた。オイオイいいのかよ。まぁ私はいいけど、そこまで懐かれるなんて思いもしなかった。どうやらこの三日間の努力が実を結んだようだね。
「あとアンタへの魅了は必要ないわ。アリスちゃんを見ている目がすっごく幸せそうよ?それにずっと頭を撫でてるけどそれ無意識でやってんの?」
ボソッと耳打ちされてから気付いた。顔が赤くなるのが自分でも分かるが、家族の愛とはこういう物だったのかと思うと気にならなくなった。
「じゃあ行くわね。今から宣誓の呪文を唱えるから『はい』って答えてね」
「わかった」
「クリス、あなたはここにいるアリスを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妹として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい」
「アリス、あなたはここにいるクリスを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、姉として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「⋯はい」
「両者の誓いの同意を得たので、ここに女神セレスティアの名に置いて、私、ティナが二人を祝福します」
そう締め括ると私とアリスの上に朧気な女神の姿が浮かび上がって消えた。これが妖精の親玉ってやつか、そのうち私にも力をくれよ?
それにしても妹かぁ、私に父さんと母さん以外の家族ができるなんて思いもしなかったな。とりあえず奴隷として売るのは無しにしよう、こんなに可愛い妹を手放すなんてとんでもないね。
世界観については、孤児はすごく使いやすい人材って感じです。
国直属の兵士として使い倒されます。教会も保護という名目で優秀な魔法使いを囲い込みます。
どちらも悪意はないですが純粋な善意でやる分タチが悪いです。




