第32話 泣いちゃった!
大量に押し寄せてくるクリーナーに、水魔法の水撃を連射して対応する。水が存在している場所でしか使えないが、強力な水柱を瞬時に打ち上げて攻撃にも防御にも使えるので中々の汎用性を誇る魔法だ。本来は事前に足場を水で満たしておく等で準備が必要なのだが、このダンジョンは元から水路のような作りなので楽でいい。
クリスと二人で順調に始末していき、最後の一匹を私が倒したと思ったのだが奴らは存外にしぶとく、体が半分になってもしばらく生きていることもある。たった今水撃で吹き飛ばしたのもその個体だったらしく、トドメを刺そうかと飛んでいった方向を確認しようと思ったその時、後ろから「ぴっ」という声が聞こえた。
可愛い妹の頭にクリーナーの上半分が乗っかって、足を痙攣させるが如く動かしているのが見えた。あそこまで損壊していれば攻撃能力はもう残っていないだろうが、万が一ということもある。頭をかじられる前に手早く処理せねば。
「お、まだ生きてんな。ラストも~らいっ」
そう言ってクリスが妹の頭にへばりついていたクリーナーを捕まえて壁に叩きつけた。群れの中で少し大きめの個体だったからか、死ぬ瞬間にドロップがある証の煌めきが垣間見えた。
「これは鉄製の投げナイフか、一回で十本も出るんだな」
「この辺りじゃ強い武器は出そうにないわねぇ、もう何層か降りてみる?」
「そうだなぁ、腕試しってトコもあるしそうすっか。行くぞアリスー⋯アリス?」
妹の様子がおかしい。目が虚ろだし体が震えているから、さっきの戦闘で毒でも貰ったのかも知れない。幸い今の私は四肢欠損だろうと、内臓がそっくり消し飛んでいようと治せるから負傷したとしても大丈夫だ。もちろん解毒の心得もある。
「アリスちゃん?どうしたのー?」
「うっ⋯⋯うぇーん!」
「うおっ、どうしたんだ!?」
泣いちゃった!普段しっかりしてるアリスちゃんがまるで普通の子供のように泣きじゃくっている。やはりどこか傷でも負ったのだろうか、急いで確認せねばならないが泣いているということは魅了の危険がある。そう思ってクリスに目をやると案の定覚束ない足取りでアリスちゃんに近づこうとしている。
「びええええ!うええええええぇぇぇぇ!」
「ぐっ⋯久々に⋯⋯この子の泣き声聞いたけど⋯無理だ、これ」
「クリス、こっちに入って!急いで!」
私は羽織っている精神耐性が付与されたローブの前を開けてクリスをそこへ入れた。アリスちゃんに何があったのか、顔色はいいから毒の類では無いようだけど⋯。
「アリスちゃん、どうしたの!?痛い所でもあるの!?」
「もうやだぁぁ!ゴ◯ブリが出るなんて聞いてないよぉ!おうちかえるぅぅぅぅ!」
ゴ◯⋯?あぁ、ダンジョン外ではあんまり見かけないから知らなかったけど、妹はアレが大の苦手らしい。さっき戦闘に入る前の時点で硬直していたのは敵が出たからでは無く単純に嫌悪感からだったのだろう。心中察するがここはダンジョン内なのだ。早急に泣き止ませねばならない。
「落ち着いてアリスちゃん!もういないわ!全部倒したから大丈夫よ!」
「う”えぇぇぇ!やだ!やだぁぁ!」
ほぼ半狂乱の域にまで達しているのかこちらの言葉は届きそうにない。どうした物か⋯そう言えばこの間アリスちゃんが防音の結界を貼っていたな、契約者であるクリスにも使えるだろうか。
「クリス、あの子の周りだけ音を遮ることは出来る!?」
「やってみよう⋯消音!」
クリスが目を閉じたまま魔法を発動させた。声は聞こえなくなったが、顔を見るだけで発動するくらいの高レベルな魅了がまだ残っているのだ。二重に封じないといけないだなんて、やはり邪神の娘ということか⋯かなり厄介ね。
「あなたはこのまま目を閉じて待っていて。泣き止ませるから」
そう言ってその場にクリスを残し、今だに泣いているアリスちゃんに近づいて抱きかかえてあげることにした。ぐずる子供をあやすように、体ごと一定のリズムで揺らして落ち着かせることに専念する。
「ほーら、大丈夫、大丈夫よ⋯もう怖いものなんていないんだから」
「うぅ⋯ひっく」
少しずつ落ち着きを取り戻してきた妹は、泣き疲れたのかそのまま目を閉じて眠ってしまった。こうしていると可愛いのだが、泣くことが許されないなんて子供には酷なことをする。しかし、指をしゃぶりながらすやすやと眠るこの子を見ると母性が爆発しそう。早く目覚めて貰わねば⋯。
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「はっ!?」
「目が覚めたか」
何度目だろうこれ。なんか体がしんどい。全力疾走した後にぶっ倒れた時の疲労感だ。クリスは少し疲れたような顔でこちらを見てきてて、一方のティナはとてつもなく優しい顔で俺を膝枕してくれている。マジで何があったんこれ?
「ごめんねアリスちゃん。あなたがあのー⋯クリーナーが苦手だって知らなかったから」
思い出した。さっきの戦闘中に頭の上にGが降ってきて⋯目の前にわさわさと⋯⋯あああああああ!思い返すだけで吐き気がする。ここ数日精神攻撃がひどすぎるぞ!これならゴブリンの方がまだ一億倍マシだ!
「クリーナーなんて名前だからわからなかった⋯」
「クリーナーはアレに比べると大きめで魔素が出るから明確に区別されてる別生物扱いなのよ」
そんな常識しらんもん。俺幼女だもん。
「で、どうする?今日はもう帰るか?」
「そうね⋯また同じ事にならないようにクリスにも魅了を防ぐ装備を買わないとだし」
どうやら知らない内に魅了が暴発していたらしい。今のところ少人数の現場でしか発動していないから大丈夫だが、町中でやらかしちまうと一気に修羅場になりそうで恐ろしいな。魅了対策必須のボス戦とかロマンシングな英雄を思い出すがあいつは能力を自由に使ってたからなぁ⋯。
「じゃあ今日はここまでにして一旦引き上げるとしようか⋯?ちょっと待て、何かが高速でこっちに来ているぞ」
「新手の敵!?」
うわー早い敵とか間違いなくまたあいつじゃん。来ると分かってれば心構えが出来るからまだなんとかなるかも知れんが、これでさっきよりデカいサイズとかだと泣くぞ。
「お前等そこで何をしている!子供を囮に使うとは卑劣な⋯そこに直れ!たたっ斬ってやる!」
急に目の前に現れたのはアレでは無く、ロングソードを二本装備した黒髪の女剣士だった。




