第五章:孤立と共同体の狭間
2050年、香川県高松市の郊外に位置する「希望ヶ丘団地」は、その名の希望とは裏腹に、高齢化と孤立が深刻な「孤独死リスクAI警戒ゾーン」とされていた。団地の住民の半数以上が75歳以上の単身高齢者で、彼らの自宅には小型の「見守りAIデバイス」が設置され、異常があれば即座に地域の管理センターに通知される仕組みになっていた。
鈴木ハルエは82歳。夫に先立たれてから20年、一人暮らしを続けている。毎朝、見守りAIが「体調はいかがですか?」と尋ねてくるが、彼女の返事はいつも「変わりないよ」の一言だった。食事はほとんどがレトルト食品か、ドローンで届けられる栄養調整食だ。かつては近所のスーパーで買い物をし、友人と井戸端会議に花を咲かせた日々が、遠い昔のようだ。今では、団地の通路で誰かとすれ違うことも稀で、会話といえば見守りAIか、月に一度訪問する地域見守りサービスの若者とだけだった。
「おばあちゃん、今日は気分転換に散歩しませんか?」
モニター越しに、見守りAIの声が響いた。ハルエは首を横に振った。外に出ても、知っている店はほとんどなくなり、見知った顔も少なくなった。団地の入り口にある公園には、かつて子どもたちの声が響いていたが、今は草が生い茂り、放置されている。この社会では、一人暮らしの高齢者が1000万人を超え、彼らは「孤独死リスクAI警戒ゾーン」として厳しく管理され、精神医療AIの使用が義務化されつつあるという。彼女も、いつその対象になるか分からなかった。
同じ高松市内でも、少し離れた新興住宅地には、全く異なる暮らしを営む家族がいた。「藤原ファミリー資本主義」と呼ばれるその家族は、3世代が同居し、法人持株型で家族資産を運用する新型共同体として注目を集めていた。藤原家の家長であるタカシは50歳。彼の両親から相続した複数の不動産と、初期の段階で投資していたデジタル証券(STO)、そして家族全員の信用スコアを組み合わせることで、強固な経済基盤を築いていた。
藤原家の邸宅は、最新のスマートホームシステムが導入され、家中がAIによって最適化されていた。タカシの妻、ミユキは3人の子どもたちの教育に熱心で、全員が民間AI家庭教師と海外オンラインIB教育を受けていた。長男のユウタは高校生だが、すでにBMI(脳機械接続)による「思考加速サブスクリプション」を利用し、学習効率を飛躍的に高めている。彼は将来、「エリート・オペレーター」になることを目指している。
「おじいちゃん、今日のAI株取引、どうする?」
夕食時、ユウタがタカシの父親であるケンジに尋ねた。ケンジは78歳だが、現役時代に培った金融知識を活かし、家族のデジタル証券運用を監修している。彼らは「自己再生型特権層」の一角を占め、資産は世代を超えて引き継がれ、常に増え続けていく。
藤原家の食卓には、専属のパーソナルシェフAIが調理した豪華な食事が並び、住み込みで働くフィリピン人移民の家政婦が、子どもたちの世話をしていた。彼女は「住み込み家政婦AIサポート付き移民」として、富裕層の間で一般化している存在だ。彼らは、社会保障へのアクセスや教育、永住権が厳しく制限され、言語も文化も共有されない「内なる異邦人」として、この社会に存在していた。
その夜、鈴木ハルエは、一人でテレビを見ていた。ニュースでは、東京の「テック貴族」たちが、空中回廊でつながれたタワーレジデンスで、国家予算レベルの個人資産を保有している様子が映し出されていた。彼らの暮らしは、ハルエの想像を絶する豊かさだった。
彼女は、自分の手元にある古い写真を眺めた。そこには、若き日の夫と、幼い娘、そして自分自身が写っている。皆、笑顔で、未来に希望を抱いていた頃の自分たちだ。あの頃は、家族が一つ屋根の下に暮らし、互いに支え合うのが当たり前だった。しかし、今は、高齢者は「孤独死リスクAI警戒ゾーン」として管理され、家族は「ファミリー資本主義」として企業体のように機能する。
この社会は、6つの階層構造に分離され、上位1%の「自己再生型特権層」と、中間層が崩壊した「スコア管理型下層」が完全に断絶していた。政府は「分配」よりも「維持と統制」に移行し、スマートパスによる監視・補助制御は、人々の自由な思考や行動を制限していた。
ハルエは、テレビを消し、静かに目を閉じた。身体は老い、心は孤独に蝕まれている。彼女は、この社会の「精神的・制度的抑圧」によって、自分の「自己効力感」が失われていくのを感じていた。だが、それでも彼女は、かすかな希望を捨ててはいなかった。いつか、この断絶された社会に、再び「繋がり」が生まれることを願いながら。




