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第二章:死地自治体の沈黙


2050年、四国の香川県高松市。かつて瀬戸内の玄関口として栄えたこの街も、今やかつての活気を失い、地方が抱える「人口自然減+社会的孤立」の波に飲み込まれていた。地方の8割が「死地自治体」へと変貌を遂げつつある現状は、高松市においても例外ではなかった。特に中心部から外れた郊外は、廃墟となった商店街や、草木に覆われた住宅が目立ち、静寂に包まれていた。

香川県庁の元職員である山本悟は、退職後の人生を、この高松の地でひっそりと送っていた。彼は68歳。年金暮らしだが、細々と続けている農業でなんとか生計を立てている。彼の住む集落では、すでに若者の姿はほとんど見られず、住民のほとんどが高齢者だった。

「悟さん、今日のドローンは少し遅いみたいね」

隣家の田中さんが、山本に声をかけた。彼女の自宅の玄関には、小型の通信端末が設置されており、日々の配達や医療サービス、行政連絡のほとんどがドローンによって行われる。年金受給者しかいない村落では、もはや人間の手によるサービスは成り立たないのだ。愛媛や秋田、島根といった県がすでに市単位で「行政破綻」し、インフラ管理までもが外国人企業に委託されているというニュースは、山本にとって決して他人事ではなかった。高松も、いつそうなるか分からない。いや、むしろ時間の問題だろう。

山本は、畑で収穫したばかりの夏野菜を籠に入れながら、遠くを見つめた。かつては豊かな田園風景が広がっていたはずの場所には、荒れ果てた耕作放棄地が目立つ。そして、その向こうには、太陽光パネルが隙間なく並べられた広大な敷地が広がっていた。数年前に誘致された、とある外国資本のエネルギー企業が管理するメガソーラーだ。この国は、地方のインフラを自力で維持できなくなり、海外からの投資と引き換えに、その管理権を手放し始めていた。

「この先、どうなるんじゃろうなぁ……」

山本のつぶやきは、風にさらわれて消えた。彼は、この地域で育ち、公務員として長年、地方の発展に尽力してきた自負がある。だが、人口減少の波は、彼の想像をはるかに超えて、この土地を蝕んでいた。若者は仕事と機会を求めて東京へと流出し、残されたのは高齢者ばかり。彼らは、デジタルデバイドによって最新のテクノロジーから隔絶され、情報弱者として社会から取り残されていく。山本のスマホも、旧式のモデルで、最新のニュースや情報にアクセスするのにも時間がかかる。彼のような下層階級は、「古いスマホ・安価なチャットAI」しか使えず、情報処理能力の格差は指数関数的に開いているのだ。

昼過ぎ、山本のもとに小型のドローンがやってきた。彼の年金と医療費のお知らせだ。紙媒体で届くのは、彼のような高齢者世帯への配慮だが、それもいつまで続くかわからない。スマートパス(個人信用スコアID)による監視と補助制御が導入されてからは、すべての情報がデジタル化され、個人の信用スコアによってアクセス権限が決められるようになった。彼の信用スコアはCプラス。特に問題はないが、新しいサービスや特典へのアクセスは制限されている。

「おじいちゃん、ドローン来た?」

不意に背後から声がした。振り返ると、地元のNPOが運営する「地域見守りサービス」の若者が立っていた。彼らは、ボランティアと低賃金で、高齢者の見守りや簡単な手助けを行っている。ほとんどが、高松市内の専門学校に通う学生たちだった。彼らのような若者が、この「死地自治体」を支えているのは紛れもない事実だった。

「おお、来たよ。いつもありがとうな」

山本は感謝の言葉を述べた。しかし、彼の心の中には、一抹の不安があった。彼らのような若者も、いつかこの地を離れていくのではないか。東京湾岸部や福岡都市圏は、外国投資とデジタル港湾のハブ化により、今も人口流入と富が集中していると聞く。この高松市のように、活力を失っていく地方とは対照的に、輝きを増し続ける都市が存在する。

夜になり、山本は食卓についた。自分で作った野菜の味噌汁をすすりながら、テレビのニュースを見た。画面には、東京湾岸部の空中回廊を走る自動運転車の映像が流れている。そこには、華やかなドレスをまとった人々や、最新のBMIデバイスを装着したエリートたちの姿があった。彼らは、まるで別の世界の住人のようだった。

山本はテレビを消した。部屋は静寂に包まれ、遠くでドローンの羽音が聞こえるだけだった。この静寂は、この「死地自治体」の現実を象徴しているかのようだった。地方の8割が「死地自治体」へと変わり、残された人々は、静かに、そしてゆっくりと、社会から忘れ去られていく。彼は、明日もまた、この畑で一人、土を耕すだろう。そして、今日もまた、この街の未来は、静かに沈黙していく。


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