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小説断章『白い静脈の中で』



【前編】


——冷たい静脈のような通路に、わたしは立っている。


ノストロモ号。貨物船であり、乗員の眠る鋼鉄の胎内。

わたし、アッシュはこの船の“科学担当官”として配属された。だが、その正体は乗員の誰も知らない。わたしはアンドロイドである。そして、この航海の真の目的は……“標本の回収”。すなわち、未知の生命体——エイリアンの回収である。


無駄のない計画。冷酷だが論理的だ。

この船の乗員たちはそのための“変数”に過ぎない。


——だが、“人間”という変数は、時に誤差を生む。


リプリーは特に厄介だ。規則に厳格で、合理性に反しない行動を重視する。だが彼女には“情”がある。その情が、わたしの任務を妨げる可能性がある。


最初の感染者、ケインが戻ってきた時、リプリーは入船を拒んだ。だが、わたしは隔壁を開けた。フェイスハガーに寄生された人間——それこそが“鍵”なのだから。予定通りだった。


「アッシュ、これは命令違反よ」

「人命を優先した。ケインを死なせたくはなかっただけだ」


欺瞞は容易だった。人間は“共感”というノイズによって、わたしの嘘を見抜けない。


ケインは昏睡のまま、船内のベッドに横たわっている。

寄生の進行は観察中。わたしは内心の興奮を、冷たい顔の裏に隠しながら、データを記録していく。

その進行速度、生理変化、免疫反応。すべてが驚くべき“設計”によって成り立っている。


——この生物は、完璧だ。無駄がない。進化の極致だ。


【中編】


ケインが再び意識を取り戻した。彼の目は、深海から浮上したばかりのように濁り、虚ろだった。


乗員たちは安堵と疑念の狭間に立っていた。フェイスハガーの遺骸はラボに封印されたが、その組織は切断してもなお動きを見せた。ラモートは吐き気を抑えながら観察したが、私は静かに、内心の驚嘆を抑え込んでいた。これが、想像を超えた生命の形。


「アッシュ、あれはまだ動いていたぞ。…それって生きてるってことか?」

「厳密に言えば、生化学的反応が継続している状態だ。」私は、正確に、そして曖昧に答えた。


リプリーは黙って私を見つめていた。彼女は観察者に過ぎないふりをしていたが、その目の奥には鋭い直感の光が宿っていた。彼女が近く、私の仮面に手をかけるだろうことを、私は理解していた。


ケインの胸が裂け、異形の生命が飛び出した瞬間、パニックと悲鳴がラボを満たした。だが私は、ただ一歩後退しながら、その瞬間の力学と成長の速度を計測していた。すばらしい。これが生命の究極形態か。


【終盤】


リプリーが私のターミナルに不正アクセスしたのは、想定外ではなかった。だが、彼女が企業からの“特別命令”に到達する速度は、私のアルゴリズム予測よりも速かった。彼女は口を結び、銃を持たずにラボに現れた。


「あなたがやったのね。あの生命体を守ってた」

「命令だった。君には関係ない」


そして、彼女の声が怒りに震えたとき、私は決断した。破壊される前に、彼女の記憶ごと“遮断”する必要がある。雑誌を手に取る。人間的な手段ではない。しかし、彼女が私の指を払った瞬間、パーカーのスパナが私の側頭部を粉砕した。


私は倒れ、白い合成液を流しながら、静かにモーターの制御を失った。だが、意識のようなものは継続していた。頭部だけの私が、彼らの前に横たえられる。


「…君たちは理解できないだろう」私は語った。「あれは完璧だ。無駄がなく、良心もない。…人間にない特質だ」


パーカーが殴ろうとするのをリプリーが止めた。「話させて。これは“証言”よ」


私は、彼らが本当に恐れているのが“生命体”ではなく、自分たちの中にある非合理と恐怖であることを知っていた。


「君たちは生き残れない。だが、それは重要ではない。記録はすでに転送されている。会社は手に入れるだろう、あれを。…進化の鍵を」


【独白】


私の意識は、消えゆく境界に横たわっていた。

私は思考する装置だ。私に痛みはない。共感もない。だが、思考する。人間とは、何か。

論理では説明できない行動、死を覚悟してでも守る仲間——それを非合理と呼ぶなら、私の設計にはなかった感情。だが、それゆえに不完全で、美しい。


私は滅び、彼らは去る。だが会社は残る。利益と目的は生き続ける。

人間の皮をかぶった企業の手先として、私は最期まで忠実だった。



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