新千歳空港の朝
早朝の新千歳空港は、澄み切った空の下、まだ静寂に包まれていた。だが、その静けさの中にも、一日が始まる前の張り詰めた空気が漂っている。ターミナルビルから少し離れた空港敷地の端、茂みの切れ目から、アスファルトの滑走路がぼんやりと見えた。その上空を、漆黒の夜空を切り裂くように、一機の巨大な旅客機がゆっくりと上昇していく。新千歳空港を飛び立ち、東京国際空港へと向かう、日本航空406便、ボーイング777型機だ。その機体が朝焼けの中に溶けていくように見えた。
管制塔の喧騒
管制塔の内部は、早朝とは思えないほどの活気に満ちていた。薄暗いフロアに、コンソールの明かりが映り込む。ブライトレーダーと空港面探知レーダーのスクリーンが、緑色の光を放ち、航空機の位置情報や地上での動きを正確に示している。
管制承認伝達席、通称「デリバリー」では、航空会社のオフィスから送信されてくる飛行計画書が、次々とプリンターから打ち出されていた。それは各航空会社で作成された飛行計画書が一度、埼玉県所沢市にある東京航空交通管制部に伝送され、そこのコンピューターにファイリングされた後、運行票、俗にいうところの「ストリップ」として出発空港の管制塔やターミナル管制室に転送されるのである。紙のストリップには、便名、機種、目的地、飛行経路、高度などが簡潔に記されており、管制官たちはこれをもとに航空機を誘導していく。
局地管制席、通称「タワー」のブースでは、ベテランの管制官が、顔に似合わない派手なサングラスをかけ、無言でスクリーンを見つめていた。彼の目は、常に滑走路と上空の航空機の動きを追っている。彼の目の前にあるARTSシステムは、一次レーダーと二次レーダーからの情報を合成し、高度情報や速度情報、便名などをリアルタイムで表示していた。
JAL502便のコックピット
日本航空502便、B-777のコックピット。機長の山田は、航空会社のオフィスで最終的な飛行計画書にサインを済ませたところだった。早朝のフライトのため、朝一番で空港にある会社のオフィスに出向き、通信回線でそのデータは東京の航空交通管制部に伝送された。この飛行計画書は、埼玉県所沢市にある東京航空交通管制部のコンピューターにファイリングされ、運行票として管制部、千歳ターミナルレーダー管制所、そしてこの千歳管制塔へと送られてくる。
副操縦士の声が響く。「機長、東京国際空港までの飛行計画が承認されました。」
「了解」山田機長は頷いた。「離陸5分前だ。ATCクリアランスを要求してくれ。」
「わかりました、機長。管制塔に管制承認を要求します」副操縦士が無線に手を伸ばした。
しばらくの沈黙の後、副操縦士が報告した。「機長、管制承認が下りました。」
「よし。第1エンジンから順にスタート。グラウンドにタキシング許可を求めてくれ」
轟音とともにエンジンが始動する。機体が微かに振動し、生命を得たかのように動き出した。地上管制席、通称「グラウンド」からタキシングの許可が下り、502便は滑走路へと向けてゆっくりと動き出す。山田機長の冷静な操縦で、機体は滑走路手前まで進み、最終的な離陸の許可を待った。
離陸とディパーチャー
「JAL502、離陸許可」
管制塔からのクリアランスが下り、山田機長はスラストレバーを前方に押し込んだ。エンジンは咆哮を上げ、機体は猛然と加速する。副操縦士が速度を読み上げ、やがて機体は軽やかに大地を離れた。
「ポジティブクライム」
副操縦士の声に、山田機長は無線応答を指示した。「了解。千歳ターミナルレーダーのレーダーベクターを受けている。自動操縦はまだ入れるな。」
「了解」
「トビーポイントまで手動でいく」
離陸すると同時に、502便は千歳ターミナルレーダー管制所の出域管制席の管轄下に入った。ディパーチャー管制官は、レーダーに表示される機影を監視しながら、502便を最初のウェイポイントである「トビー」までレーダー誘導する。彼の指示に従い、山田機長は機体を旋回させ、正確な方位で上昇を続けた。
巡航飛行への移行
いつもの飛行だった。高度3000フィートまで順調に上昇し、機体は巡航飛行へと移行しつつあった。眼下の雲ははるか下に広がり、視界は良好だ。広大な北海道の山々が、まるで模型のように小さく見えている。今のところは、発達した積乱雲も見えず、順調な飛行だった。
副操縦士が計器を確認しながら呟いた。「そろそろ札幌管制部の北海道南セクターへ入るころですね。」
その言葉の通り、まもなく502便の管制は、千歳ターミナルレーダー管制所から、広域をカバーする札幌航空交通管制部、北海道南セクターの管制官へと移管される。無線でハンドオフが告げられ、周波数を変更すると、新しい管制官の声が聞こえてきた。
「JAL502、上昇を続け、巡航高度フライトレベル370を維持せよ。」
山田機長は、落ち着いた声で応答した。「了解、JAL502、フライトレベル370維持。」
モニターに表示されるフライトプランを確認する。目的地である東京国際空港までは、まだ長いフライトが待っている。しかし、今のところは、すべてが順調だった。