ペルシャ湾沿岸――
焦げるような陽射しと風に舞う砂のなか、艦艇部隊の警戒通信は断続的に鳴り響いていた。
「293隻の戦闘部隊艦艇を有する我がアメリカ海軍は、世界最強の艦隊であり、現代の無敵艦隊だ」
統合参謀本部の海軍大将がモニター越しに吐き捨てるように言った。
「だが、我々が警戒しなければならないのは敵の潜水艦や航空機ではない。最も恐るべきは機雷攻撃だ」
参謀席の別の将校が頷く。
「第2次世界大戦後の戦史を見ても、50年の朝鮮戦争では10隻、65年のベトナム戦争で1隻、91年の湾岸戦争で2隻が機雷によって失われています」
「機雷の基本構造は200年前からほとんど変わらない。ハードケースに爆薬、信管、設置具――これだけだ。陸上地雷の海中版とも言える。単純で安価、だからこそ厄介だ」
指揮所内の大型スクリーンには、フリーゲート艦「サミエル・ロバーツ」が触雷した瞬間の映像が再生されていた。爆発の衝撃で船体が跳ね上がり、吃水線下に巨大な破孔が開いていた。
「イラン製の旧式係維式機雷、SADAF-02です。磁気センサーではなく、接触型。値段はおよそ2000ドル」
「その安物が9000万ドルの艦を機能停止に追い込んだわけか……」
「湾岸入口で2隻のフリーゲート艦が触雷。沈没は免れたが、両艦とも大破。航行不能です。上陸作戦への支障は避けられません」
「加えて、この海域にはロシア製の沈底感応式機雷UDM-Eの存在も示唆されています。あれは645キロの炸薬を搭載しており、巡洋艦でも一撃で切断される」
次に映し出されたのは、ドックに上架された強襲揚陸艦「トリポリ」の艦首部。
15メートル四方の鋼鉄外板が、まるで花弁のように内側へとめくれ上がっていた。破孔からは艦の竜骨が骨のように露出し、何かの大型機器の破片、ねじ曲がったギアと配管、垂れ下がる配線、どす黒いオイルが血液のように床へと滴り落ちていた。
「日本の海上自衛隊による掃海支援が不可欠です」
「だが、極めて危険な海域だ」
幕僚の一人が地図を指差す。
「現地で使用できる陸上基地の確保が各国の非協力により困難です。現在、強襲揚陸艦3隻を母艦とし、掃海任務を遂行していますが、これでは専用掃海艦と比較して機動力・効率共に不十分」
作戦室に沈黙が広がった。敵の高性能な艦艇や戦闘機よりも、泥に沈んだ一発の機雷のほうが、遥かに恐ろしく、予測不能なのだ。
「安物の機雷が世界最強艦隊の喉元を掴むとはな」
その場にいた全員が、苦い沈黙の中、現代戦の皮肉を噛み締めていた。