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冬の夜の独白


ワシントンD.C.の凍てつく冬の夜、ホワイトハウス執務室の窓からは、凍てつく庭園の木々がモノクロームの絵画のように見えた。ジョサイア・“ジェド”・バートレット大統領は、使い込んだ革張りの椅子に深く身を沈め、手のひらでこめかみをゆっくりと揉み解していた。机の上には、未決裁の書類の山と、数冊の分厚い経済書が散乱している。時間はすでに真夜中を回り、ホワイトハウスのほとんどの明かりは消え、深い静寂に包まれている。

疲労が蓄積した体は、軋むように痛む。多発性硬化症の症状は、目に見えないところで常に彼の体力を蝕んでいた。今日一日の激務が、その痛みと倦怠感を増幅させている。夕食後、アビーが淹れてくれた温かいカモミールティーも、今夜ばかりは気休めにもならなかった。

「ふむ……」

彼は静かに息を吐き、机の引き出しから古い革表紙の詩集を取り出した。ページをめくる指が、微かに震える。かつて、ノートルダムの学生寮で夜通し議論を交わした友人が、卒業祝いに贈ってくれたものだ。詩集はすでに彼の指紋で黒ずみ、角は擦り切れていた。開いたページには、ラテン語の詩が書かれている。ウィットと皮肉に満ちたその詩は、かつての彼自身のようだった。

「若い頃は、世界を変えることができると信じていたものだ」

独り言は、誰もいない執務室の空気に吸い込まれていく。彼は、ニューハンプシャーのメープルトンという小さな町で生まれ育ち、経済学者としてアカデミズムの頂点を目指した。ノーベル経済学賞という栄誉も手にした。だが、それだけでは満足できなかった。常に彼の内側には、社会に対する、人間に対する、強い道徳的義務感が燃え盛っていた。

「そして、私はここに来た。大統領執務室だ」

彼は目を閉じた。脳裏には、過去の光景が走馬灯のように蘇る。ニューハンプシャー州知事として、小さな町の予算問題に頭を悩ませていた日々。そして、民主党の予備選に出馬することを決意したあの冬の朝。アビーの心配そうな眼差し。エリザベス、エリノア、そしてゾーイの成長を見守りながら、政治家としての道を突き進んだ。

就任以来、彼の政権は常に嵐の中にあった。教育改革、医療政策の推進、そして死刑制度に対する彼の強い反対姿勢は、常に議会との激しい衝突を生んだ。それでも彼は、信念を曲げなかった。彼にとって政治とは、単なる権力闘争ではなかった。それは、より良い社会を築くための、倫理的な戦いだった。

一番の秘密。大統領就任前から患っていた多発性硬化症。その病名を告げられた日の衝撃は、今も鮮明な悪夢として彼を襲う。そして、それを隠して選挙を戦ったことへの罪悪感。公にされた時、どれほどの非難を浴びたか。だが、彼は逃げなかった。病という弱みを抱えながらも、彼はアメリカ合衆国大統領として、自らの職務を全うしようとした。

「私が弱ければ、国も弱くなる」

彼は何度も自分に言い聞かせた。時に短気で感情的になることもある。特に、議会で理不尽な反対に遭ったり、外交で譲歩を迫られたりする時だ。しかし、彼は常に冷静であろうと努めた。知性で相手を圧倒し、ユーモアで場を和ませ、そして何よりも、揺るぎない道徳観で自らを律した。

その時、携帯電話の微かな振動が、静寂を破った。ディスプレイには「レオ」の文字。首席補佐官レオ・マクギャリー。彼とは、政界に入るずっと以前からの友人だ。レオでなければ、この時間にかかってくるはずがない。きっと緊急の事態が起こったのだろう。

「バートレットだ」

彼は受話器を取った。レオの声は、いつになく緊迫している。中東某国で、アメリカ大使館が襲撃されたという。人質も出ているらしい。

「詳細を報告しろ、レオ。すぐに作戦室に集まる。私もすぐに向かう」

詩集を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。疲労は限界に達しているが、大統領としての職務が彼を突き動かす。人道主義者でありながら、軍事行動の決断を下さなければならない時もある。それが、アメリカ合衆国大統領という孤独な立場だ。

執務室の窓から見える闇は、彼の心境を映しているかのようだった。しかし、彼の内には、決して消えることのない炎が燃え盛っている。それは、理想と現実の間で苦悩しながらも、アメリカという国を、そしてその国民を守り抜こうとする、彼の強い意志の炎だった。

彼は執務室を出て、作戦室へと向かう長い廊下を歩き始めた。その背中は、静かなる威厳を湛えていた。


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