ホワイトハウスの英知 改
ホワイトハウス、ウエストウイングの一室。厳重な警備が施されたその部屋には、アメリカ合衆国の未来を左右する重大な会議が開かれていた。重厚なマホガニーのテーブルを囲むのは、指定生存者リストの中でも最上位に位置する者たちだ。もし万が一、テロ攻撃によって大統領が職務不能となった場合、即座にその職務を代行し、国家の機能維持を補佐する責任を負う、まさに現在のホワイトハウス内の**「英知」**がここに集結していた。
一人の補佐官が、厳しい口調で語り始めた。「一般教書演説でも大統領が議会に向かって述べたことを、国民は忘れてはいません。もちろん、下院本会議場に集まったすべての議員も同じです。『強いアメリカの復興のため我々は変わらなければならない。その障害となるものは何をもってしても排除する必要があるのです』。ここにお集まりの皆様には、ぜひその助言に従っていただきたい。」
彼は続けた。「明日、マスコミへの定例記者会見があります。その場で今決断された意志を国民に表明するのです。日米関係はあくまでもアメリカの国益のために存在しているのです。それを崩そうとする日本に対して弱腰な態度は、国民も納得しません。日本は旧敗戦国なのです。日本をここまで復興させたアメリカの恩義を忘れなど、決して許されることではないのです。」
その言葉には、冷徹なまでの国家戦略と、過去の歴史認識に基づいた強い要求が込められていた。部屋の空気は張り詰め、誰もがその重みに耐えているようだった。
別の補佐官が、大統領の権限について改めて強調する。「大統領の指示に優柔不断な態度をとる者は、即座に罷免してください。あなたには長官に対する罷免権があります。いや、それのみならず、すべての連邦公務員はあなたの指名なしにはその職務につくことさえできないのです。権限を発動することに躊躇する必要はないのです。それは大統領に与えられた正当な権利なのです。」
そして、彼らは最後に、その場の最高位の人物に直接語りかけた。「ミスタープレジデントは、あなたが大統領の任期を終えても生涯あなたの名前の前に冠せられる偉大な称号です。あなたはミスタープレジデントです。勇気を持って決断してください。」
その言葉は、単なる励ましではなく、重い責任を背負う者への、明確な命令でもあった。
スケジュールとスキャンダル
ホワイトハウスの執務室。大統領は、週末のスケジュールについて秘書官に尋ねた。「大統領のこの週末の予定を教えてくれないかね?」
秘書官はタブレットを確認し、淡々と答えた。「スケジュール通りです。今週末は久しぶりに別荘でゆっくりとくつろぐそうです。」
「ほう、珍しいな。だが、マスコミがそれを許してくれるかな」大統領は苦笑した。キャンプデービットも各国首脳会談で何度も使われ、実質執務室の延長線上にあるようなものだからな。」
別の側近が、深刻な顔で口を挟んだ。「今の大統領にとって、それはウォーターゲート事件の二の舞になる可能性のある重大なスキャンダルだ。絶対にこれ以上火を拡大させてはならない。今は米国の日米外交において一大転機となっている重大な局面だ。国政、外政が優先といっても国民は納得しない。絶対に押さえろ。」
大統領の私的な時間すらも、国の状況とマスコミの目に晒され、政治的な駆け引きの道具となる。その現実が、彼の顔に疲労の色を濃くした。
緊迫する警護体制
重苦しい空気は、シークレットサービスのブリーフィングルームにも充満していた。
「警護役のシークレットサービスを増強しろ。暗殺の情報が流れている」責任者の声が響く。
ベテランのシークレットサービスが、顔色一つ変えずに答えた。「暗殺情報などいつも一つや二つは流れているでしょう。いまさらという気もしますが。」
「今回の情報はCIAからだけではない。他の情報機関からも最重要事項としてほぼ同時に上がってきた。信頼性において、今までとは格が違う。」
その言葉に、部屋にいた全員の表情が引き締まった。
ウエストウイングの警護
ウエストウイングの廊下は、いつも以上にピリピリとした空気に包まれていた。シークレットサービスの増員により、そこかしこに黒いスーツの男たちが立っている。
「ウエストウイング内の警護体制には問題がありますな」一人の担当者が、神経質そうに言った。
「シークレットサービスは軍隊じゃない。ああ、表にずかずか出てこられると大統領の執務がやりにくくて困る」別の担当者が不満を漏らす。
「大統領自身がそうおっしゃっているのですか?」
「我々は大統領がスムーズに国務に専念できるように体制を整える義務があり、責任がある」
「我々も大統領の生命を脅かすものからそれを守る義務があります」
「今は冷戦時代じゃない。それほど神経質になる必要もないだろう。」
「あなたは認識違いをしています。」
意見は対立し、緊迫した議論が交わされる。大統領の安全確保と、執務環境の維持。そのバランスは、常に難しい課題だった。
謎の男たち
その日の午後、ホワイトハウスの敷地内、ローズガーデンの脇にある小道で、三人のダークスーツ姿の男が三方よりゆっくりと一点に集まってきた。今までどこに潜んでいたのか、その姿は周囲の風景に溶け込んでいたかのようだ。スキンヘッドのひときわ長身の男が、白い歯を見せて、残りの二人の白人男性になにかを指示したようだった。真っ白のワイシャツから黒い丸太のような猪首がのぞいたそのチーフらしい男の視線は、サングラス越しでよくわからなかったが、ほぼ三人の視線は同じ方向を向いていた。なんらかのターゲットを補足しているようだった。やや小柄なほうの白人男性が耳のアコースティックチューブを触った。どこからかの司令を聞いているようだった。もう一人のマリーンカットの白人男性は、右手をさきほどからスーツの下に入れたままだった。そこになにがあるのかは言わずもがなである。彼らの存在は、ホワイトハウスの平穏な午後の風景に、不穏な影を落としていた。
ホワイトハウスの日常と影
「すごいね。ここがホワイトハウスよ。あの、いつもテレビに映っているところ。早く見学に行きましょうよ!」
若い子連れの夫婦が、黄色い声を出しながら、ホワイトハウスの敷地へと続くコンスティチューション通りを歩いている。小学生くらいの男の子が、父親の服の裾を引っ張りながら言った。「ねえ、あの建物の上に人がいるよ。」
父親は空を見上げ、首をかしげた。「どこに、誰もいやしないじゃないか。」
男の子はおかしいなという表情で、「確かにさっき男の人の顔が見えたんだよ」と譲らない。
「この寒い中、あんな高いところの屋上に人がいるはずないじゃないか」父親はそれっきりその話をやめ、意さんで見学者受付窓口に他のツアー客と一緒に並んだ。彼らは、自分たちが目にする建物の裏側で、常に何かが進行していることを知る由もなかった。
大統領の感慨
大統領は車の中から、ちらりと見学者の群れを見た。車内は防弾ガラスで覆われ、外部の音はほとんど聞こえない。
シークレットサービスのチーフが言った。「ご心配なさる必要はありません。十分なセキュリティーチェックをしております。」彼はさらに続けた。「屋上にはカウンタースナイパー要員が狙撃銃と双眼鏡で、目立たないよう周囲を警戒しております。」
チーフは、その見学者たちが、一人一人不審な行動がないか遠方からチェックされていること、しかも狙撃銃の照準付きで監視されていることを、大統領は知っているはずだと考えていた。
しかし、大統領は首を振って答えた。「いや、そういうことを言っているのではない。国民はこのホワイトハウスに親しみを感じている。国家のシンボルであるこのホワイトハウスを。」大統領の声は、感傷深げだった。彼にとって、ホワイトハウスは単なる執務の場ではなく、アメリカという国家と、そこに暮らす国民の希望の象徴なのだ。その象徴が、常に脅威に晒されている現実を、彼は深く憂慮していた。
ホワイトハウスの構成
ウエストウイングは、一般にホワイトハウスとして知られるメインハウスの西側に隣接した建物で、ファーストレディーオフィスと、大統領危機管理センターがあるイーストウイングとともに、メインハウスと渡り廊下で連結している。ウエストウイングには大統領執務室のほか、副大統領、大統領主席補佐官、国家安全保障問題担当大統領補佐官、同次席補佐官、広報担当大統領次席補佐官、広報担当大統領補佐官、ホワイトハウス報道官、大統領次席補佐官、大統領秘書官、大統領上級顧問、広報スタッフの各部屋がある。
イーストウイングは、ファーストレディー、その他スタッフのオフィスがあり、地下はバンカーと呼ばれる核シェルター機能を備えた大統領危機管理センターとなっている。
エグゼクティブレジデンスは、メインハウスとも呼ばれ、大統領とその家族が暮らす公邸だ。外国首脳や議会関係者との会談、重要な法案や条約の調印、重要な記者会見、晩餐会やレセプションが行われる。延べ床面積5100平方メートル、部屋数134室、地上3階、地下3階という広大な規模を誇る。地下キッチンでは、大統領と家族の食事からホワイトハウス公式晩餐会の料理までを調理し、料理人5名と20人のパートタイムスタッフがディナー140人分、オードブル1000人を提供できる体制を整えている。地下1階にはクリニックがあり、常勤医師1名と医療設備が備わっている。1階のイーストルームは公式謁見室で、大統領の重要な記者会見や晩餐会、レセプションが実施される。1階のステートダイニングルームでは公式晩餐会が国賓を迎え実施され、2階のイーストベッドルーム、ウエストベッドルームは大統領と家族の寝室となっている。2階にはプライベートダイニングルームがあり、大統領家族の食堂として使われている。さらに2階にはビューティーサロン、3階にはワークアウトルームが完備されている。
アイゼンハワー行政府ビルは、ウエストウイングから小道を挟んだ西側にある。副大統領オフィスがあり、国家安全保障会議事務局や行政管理予算局などが入居している。
レジデンスとウエストガーデンに囲まれた部分はローズガーデン、レジデンスとイーストウイングに囲まれた部分はジャクリーンケネディガーデンと呼ばれ、重要な法案や条約の調印が行われる。さらにサウスローンを挟んでその南には広大な庭、ザ・エリプスが広がっている。観光客がコンスティチューション通りから見えるのは、このザ・エリプス越しの景観なのだ。