第2章:戦場への誘いと倫理の狭間
フォトエージェンシーの解散という苦い経験を経て、宮嶋は再び「フォーカス」誌へと舞い戻っていた。彼のカメラは、相変わらず芸能人のスキャンダルや、流行のスポットで騒ぐ若者たちの姿を追っていた。しかし、そこには以前のような「なんでもござれ」という割り切りの中に、確かなプロの目が宿っていた。彼の撮る写真は、単なるゴシップ写真ではなく、どこか被写体の本質をえぐり取るような鋭さがあった。それは、彼が歌舞伎町で夜通し「盗撮」を学んだ経験がもたらしたものだったのかもしれない。
ある日の夕方、新宿の雑踏の片隅で張り込みを終えた宮嶋は、昔の知人である刑事と偶然出会った。その刑事は、宮嶋が学生時代にバイトしていた雑誌社にいることを知っていた。
「今なにをしてるんだい」刑事は、少し探るような目で宮嶋を見た。
「ばったカメラマンや。フォーカスていう写真雑誌してるやろう。あれに掲載される写真を専属にとっているんや」宮嶋は、煙草に火をつけながら気だるげに答えた。
「もしかして学生の頃バイトしていた先か。」
「そうや。報道機関や出版社、広告代理店をいろいろ受けたが全部すべってわ。ここしか拾ってくれへんかったんや。」宮嶋は、過去の失敗を隠すでもなく、あっけらかんと語った。
刑事は、少し顔をしかめた。「有名人の私生活の暴露写真なんかとってひけめ感じないのか。なんだか、人のプライベートを暴いて金儲けをしているみたいで、後ろ暗い気持ちにならないかい?」
宮嶋は、煙を大きく吐き出し、刑事の目をまっすぐに見た。「全然。芸能人のスキャンダルやアイドルのケツを追いかけることもひとつの報道写真だとわしはおもうとるからな。悪いことをやっとるとはまったくおもってへんな。」彼の言葉には、一切の迷いもひけめもなかった。彼にとって、カメラの前に存在するものは、どんなものであれ「被写体」であり、それを撮ることは「報道」の一環だった。その割り切りが、彼をパパラッチという批判されがちな世界でも、臆することなく活動させる原動力となっていた。彼のカメラは、彼自身の「理屈」を体現する武器へと変化していくのだった。
彼の「理屈」は、日常の風景の中にも見出された。彼は、交通違反の取り締まりを行う警察官たちにも、時にカメラを向け、その活動を批判的な視点で捉えていた。
「また駐禁でやられたは。交通課はようがんばとるのう。9つも小隊をもって大勢でうごきまわとるからのう。」宮嶋は、溜息交じりにコーヒーを飲んだ。「含覆面の連中なんかは最近では、ベンツまで導入しとる。市民の税金で見栄張ってどないするちゅうんじゃ。」
隣で資料を整理していたカメラ助手、あの歌舞伎町での「採用試験」を乗り越えた若者が、恐る恐る口を開いた。「まあ、遊撃小隊も高性能化する暴走車両に対応するための装備充実なんでしょうが。」
「えらく交通課の肩を持つな。」宮嶋は、にやりと笑った。「お前、皇宮前で行われたパレード見たか。婦人警官だけの白バイ隊なんぞ編成して、『クイーンスターズ』とかなんとか命名して。交通管制課がちょこちょこと信号調整するなか、縦隊の一般車両を尻目にはればらしい大行進だ。あんなもの、パレードで市民にアピールしてどうなるんや。」
「交通課も信号調整ばかりしているだけじゃないらしいですよ。都市交通課というのがあって、どうしたら渋滞がなくなるかという研究もやっているそうです。それにひき逃げ事件は交通捜査課の担当ですから。」助手の言葉に、宮嶋は鼻で笑った。「ふん、ご立派なこっちゃ。だがな、俺の目には、あれは『税金を使って権力を誇示する姿』にしか見えへんのや。」彼の目には、日常の警察活動でさえ、市民の税金を使って「見栄を張る」権力として映る。彼は、それをカメラで切り取り、世間に問いかけることに意味を見出していた。
宮嶋のカメラは、国内の日常から、再び世界の「事件」へとその焦点を移すことになる。そのきっかけは、遠く中東、イランでの米軍による誤爆事件のニュースだった。
ある日の夜、速報テロップがテレビに流れる。宮嶋は、ビール片手にそれを凝視した。
「どうもまた米軍が誤爆をやらかしたらしいわ。」宮嶋が呟いた。
カメラ助手は、驚いたようにテレビ画面を見た。「イランでですか?まさか、あの厳重な監視下で?」
「ああ、民間の施設にレーザー誘導爆弾を落としよったとしか今のところわからんがな。」宮嶋は眉間に皺を寄せた。
「でも、あそこではきちんとした前線航空管制がおこなわれているはずでしょ。」助手の言葉には、信じられないという色が滲んでいた。紛争地での軍事作戦において、誤爆防止のための厳格な手順と体制が敷かれていることは、カメラ助手も知っていた。
「ああ、最前線では味方の地上部隊の安全を確保すると同時に、攻撃機を適切に統制することで誤爆も防ぐ目的で、確かに統合末端攻撃統制官(TACP)によりTACPが編成されているはずやな。」宮嶋は、軍事知識を披露するように言った。「今までさかんにおこなわれていた砲撃でさえ、前進観測班(FO)が射弾観測をおこなっていたわけですから、ましてや精密な誘導爆弾の投下とTACPがセットで誤爆があったとは。考えられるのは、CIAの目標評価ミスぐらいですね。」
宮嶋の脳裏には、フィリピンでの苦い経験が蘇っていた。あの時、自分が現場にいられなかった後悔。そして今、再び世界のどこかで、カメラが捉えるべき「真実」が起こっている。彼の報道写真家としての嗅覚が、強く反応し始めていた。
数日後、宮嶋は編集部にイランへの取材を懇願した。以前のような無茶な要求ではなく、綿密な計画書と、予算案まで用意していた。彼は、フォトエージェンシーでの失敗から、フリーランスとして生き抜くための「段取り」の重要性を痛感していたのだ。編集部も、ルーマニア内戦での宮嶋のスクープを経験して以来、彼の提案を以前より真剣に受け止めるようになっていた。
そして、イランへの渡航準備を進める中、宮嶋は再び、報道倫理の、そして自身の哲学の深淵に直面することになる。ある日、彼はカメラ助手と現地の状況を分析していた。
「またまたぼう大手国営放送のクルーがおでましになっとるな。」宮嶋は、現地の情報源から得た情報を手に、ニヤリと笑った。
カメラ助手は、その意味を察した。「これはどうも爆撃開始というのはかなり精度の高い情報のようですね。彼らが動くときは、大抵何かが起こりますから。」
「ほんまやな。あいつらは地震雲のようなものやからな。やつらの情報網はあなどれんからな。あいつらが本格的に動いたときはおおむね事件はおきとるからな。」宮嶋は、大手国営放送の情報収集能力を認めつつも、彼らの動きを冷徹に分析していた。
「爆撃開始となれば、地上戦も開始され、報道陣の行動もかなり規制されるでしょう。それに相当にむごたらしい現場をとることになる。報道倫理上の問題に直面しますね。」カメラ助手は、不安と葛藤を滲ませた。戦場で何が起こるか、彼はまだ知らない。しかし、想像を絶する光景が待っていることは容易に想像できた。人々の苦しみ、破壊された日常、そして死。それをカメラに収めることが、果たして「正しい」ことなのか。
宮嶋は、カメラ助手の目をまっすぐに見つめた。彼の表情は、冗談めかしていたこれまでの表情とは打って変わり、真剣そのものだった。
「ここで動かんでどうする。戦場で写真をとることに、きれいごとや意味づけはいらへん。なぜとるのかという理由づけよりも前に、今この瞬間に何をとるべきかを考えるほうが大切や。撮れへんかったらなんも意味あらへん。撮る意味なんか、後で考えればええことや。」
宮嶋は、彼の「理屈」を、カメラ助手だけでなく、自分自身にも言い聞かせるように語り続けた。
「そもそもお前もここにわしといっしょに来た時点で撮る意味は無意識のうちに考えているはずや。現場でとる一枚一枚の写真に意味づけなどあらせん。すでに現場に向かうというその行為の中で意味づけはすでにおこなわれとるんや。これがおれの理屈や。」
彼の言葉は、報道写真家としての本質を突いていた。戦場の残酷さや、報道倫理の曖昧さをも飲み込み、「現場に立ち、シャッターを切ること」そのものに価値を見出すもの。それは、単なる記録ではなく、彼自身の存在意義を問い直す行為でもあった。カメラ助手は、宮嶋の言葉に圧倒されながらも、その深い意味を理解しようと努めた。
「わかりました。それでこれからの作戦は。」カメラ助手は、迷いを振り切るように尋ねた。
「わしにまかしとけ。編集部からたんまり取材費をぶんどってきたさかい、こいつで軍の広報部の武官を籠絡し、ええ取材ポイントへ潜入する予定や。わしらは日本の小さな雑誌社のカメラマンやさかい、信頼度はゼロや。金をうまくつかうことや。」宮嶋は、顔に自信の笑みを浮かべた。「そういう意味では外国の3流メディアは大変や。権威なし、金なしや。わしらはまだめぐまれとるということや。」
カメラ助手は、ふと将来の夢を口にした。「ぼくらも、いずれ日本の大手の新聞社の専属カメラマンになりたいですね。」
宮嶋は、その言葉を聞いて、眉をひそめた。「アホか。日本の大手新聞にワールドスタンダードな権威などみじんもないは。ここにきている国営放送の連中も同じや。よう考えてみい。ワシントンポストもニューヨークタイムズもアメリカの地方都市の新聞や。それがなぜ世界的影響力をもっているかわかるか。」
「英語媒体だから」とカメラ助手。
「もちろんん。それもある。われわれも英語圏の記者だったらもっと名が売れてるやろう。まあそれはおいといて。真の理由はかれらの情報の質の高さと信頼度だ。過剰な人権配慮や戦地での及び腰の取材体制の日本の大手マスメディアでは決してえることのできない名誉あるステータスや。」宮嶋は、日本のメディアの現状に深い憤りを感じていた。「あのベトナム戦の時代、読売も朝日もサイゴンやハノイに現地支局をおいていた。だが今は日本の正規クルーが激戦地に入ることはほとんどあらへん。おそらく今回も前線後方での取材をするだけやろう。影響力のある権威あるメディアは金をつかわんでも、強い交渉力を必然的にもつことになる。取材される側にしても、そのメディアの影響力を当然考えるわけやからな。邪険に拒否することはできないちゅうわけや。その点日本のメディアはししがにもかけられておらへん。」
宮嶋の言葉は、日本の報道機関が抱える深い問題を浮き彫りにした。彼の目指す「現場の真実」は、日本の大手メディアが犠牲にしてきたものと重なっていた。彼は、自らがその穴を埋める存在となるべく、イランの地へと向かう覚悟を固めた。彼のカメラは、世界の不条理を切り取る、鋭利な刃物となるだろう。そして、その刃は、時に彼自身の心をも深くえぐり取ることを、彼はまだ知る由もなかった。




