権謀の渦:永田町の夏
永田町の一角にある料亭「竹葉亭」。老舗の趣を残す個室で、民主党のベテラン議員二人が向かい合っていた。盆栽の緑が目に優しいが、交わされる言葉は鋭利な刃物のようだった。
「滝沢政調会長が星雲会の研修会を大々的に予定しているようだが、あんたは出席するのか?」
議員Aが、茶を啜りながら問うた。
「俺も思案中だ。メンバー40人のうち、正式参加を申し込んでいるのは約半数ほどらしい。」
議員Bの言葉に、議員Aは鼻で笑った。
「彼も政調会長になってから好き放題の発言をしているが、あれじゃ支えきれないよ。自らのポストの重責を自覚して、自重してもらわないと。」
「財政問題でも増税増税と言っている時期に、所得税の増税規模は2兆円は縮小できるなどと確たる論拠のないことを平気で発言する。国民に期待を抱かせるような発言ばかりを繰り返し、挙げ句の果てに財務副大臣に『まあ、それは目標でしょう』と軽く一蹴される始末だ。」
議員Bの言葉には、呆れと苛立ちが混じっていた。
「ああ、地道なことを一切しない。政調で党の意見をまとめるようなことは一切なし。政府に注文をつけるだけでは、混乱の火種をまき散らしているようなものだ。」
議員Aは、心底うんざりした表情で続けた。
「彼があのような勝手気ままな発言を繰り返すのには、どうやら裏があるらしい。」
議員Bが、声を潜めて耳打ちした。
「現首相への嫉妬と、自らの後見人である唐沢政調会長代行への反発だろう。」
議員Aは、そう言って煙草に火をつけた。彼の推理は、永田町の誰もが薄々感じていたことだった。
別の場所、政府の会議室。閣僚二人が、深刻な面持ちで話し込んでいた。
「ああ、例の防衛産業からの献金問題さえなければ、自らが総理に最適任だと考えていたようだ。松下政経塾の先輩ではあったとしても、自分より当選回数の劣るタヌキじじいに横取りされたと思っているようだ。」
閣僚Aが、ため息混じりに言った。
「反主流派からも彼は『大人になりきれない』『自らの存在感誇示に和を乱し、挙げ句、敵に塩を送る口だけ番長』と陰口を叩かれている始末だ。とんだ爆弾男を政調会長にしてしまったもんだ。」
閣僚Bの言葉は、滝沢政調会長に対する党内の評価の厳しさを物語っていた。
静まり返った議員控室。二人の議員が、ひそひそ話している。
「検察が動いているようだ。」
議員Aが、真顔で言った。
「彼は水に落ちた犬だ。」
議員Bの言葉には、冷酷なまでの現実が込められていた。政治の世界は、一度足元をすくわれれば、誰も助けてはくれない。
「東京地検の捜査幹部は、彼の資金管理団体の不可解なカネの動きに強い関心を示し始めているようだ。」
議員Aの言葉に、議員Bは顔をしかめた。
「先の参議院の予算委員会でも問い詰められていた。残高マイナスはありえない。収支報告書の記載はデタラメだと。彼もしどろもどろだった。」
滝沢政調会長の命運は、もはや尽きかけているようだった。
民主党本部。政務調査会長と総務会長が、顔を突き合わせていた。
「大沢はもう終わりだな。」
政務調査会長の声には、どこか安堵の色が混じっていた。
「なぜ、彼は野田と密会したのか。あれは我々に対する重大な裏切り行為だ。サシの会談を単独で、しかも秘密裏に行うとは。」
総務会長の怒りは、露骨だった。大沢の行動は、党内の和を乱し、不信感を募らせるものだった。
「時の総理も逆らえない圧倒的な権力を振るっていた時代は終わったな。政治とカネの裁判で絡め取られて、いよいよ落日を迎えようとしている。代表選出馬を実質連続3回敗北した事実は大きい。」
政務調査会長は、大沢の過去を振り返る。かつては絶大な権力を誇った男も、今やその求心力を失いつつあった。
「党内人事においても、すっかりカンが狂ってしまっている。いくらタマがないからといって、突拍子もない人物を党の要職に据えようとした時点で政治的に終わっている。」
総務会長の言葉には、大沢への失望感が滲んでいた。
「旧田岡派の直系でその求心力は絶大だったが、師匠と彼とは政治手法は似ていても、求心力においては比べべくもない。権力の源泉がカネであることは共通だが、彼には人間的魅力がない。彼に畏怖や尊敬の念を持って集まっている人間など皆無だろう。すべては損か得かの利害関係だけだ。滅多に人前に姿を現さず、引きこもりがちで人見知りな彼には、師匠ほどの求心力は元々なかった。」
政務調査会長の言葉は、大沢という政治家を冷徹に分析していた。
「いつまででも、大沢の復権の下働きをしていたら、いつまでたっても俺たちの夜は明けない。」
政務調査会長の表情には、明確な決意が宿っていた。
「すでに彼にとって、そこら中にユダが潜んでいる。まさに彼にとって最悪のシナリオが動こうとしている。筆頭は幹事長だ。彼は実質的に権限を石原に譲っている。名目幹事長だ。石原は幹事長権限のうち、最も政治的に旨味のある選挙対策名目で、党のカネを自由に使える権限を手にした。」
総務会長の言葉に、政務調査会長は目を細めた。党の権力構造は、すでに新たな局面を迎えていた。
官邸。総理と官房長官が、重い空気に包まれた執務室で向かい合っていた。
「総理は小沢をやれば自分の人気は再び上昇すると信じているようだが、千石には十分に注意した方がいい。やつは策士だ。猛獣同士の潰し合いをメガネの奥から眺めている。」
官房長官は、総理の行動の裏にいる千石の存在を指摘した。
「小沢さんも熊野詣でをしているらしい。蘇りの地でスサノオノミコトの御霊の力を借りるらしい。」
総理は、どこか遠い目をして呟いた。
「記者団に対して、『無心にして敵を討つ』と言っているらしい。」
官房長官の言葉に、総理の表情が引き締まる。
「国民が感じている不条理の一つに、政治とカネの問題がある。国民が求めているのは小沢を消し去ることだ。国民の声に応えるのが政治家の使命だ。」
総理の言葉には、強い決意が滲んでいた。
「小沢殺しが本当にあなたにできるかどうか。本当にその決断をしたのはあなた自身なのか。千石にそそのかされているんじゃないかね。小沢を切らなければあんたの未来はないと吹き込まれたんじゃないのかね。」
官房長官は、総理の心の内を見透かすように問いかけた。
「今こそ総理としてのリーダーシップを国民に対して見せるいいチャンスだ。」
総理の言葉は、自らを鼓舞するように響いた。
民主党本部。総務会長が、やや興奮気味に語る。
「勝者の陣営に属していながらいきなり奈落の底に突き落とされたのは妻木だ。防衛大臣をクビになり、筆頭副幹事長へ降格されたのだからな。」
幹事長は、どこか他人事のように答えた。
「俺は全然気にしない。ある意味動きやすくなった、と目を泳がせながら記者団に語ったらしい。」
「彼を飛ばしたのは千石だ。今回の改造内閣で総理はなに一つ決めていない。大臣、副大臣、政務官の三役、党の各種委員長ポストから今後の政策の方向性まで決めたのは千石官房長官だ。」
政務調査会長の言葉に、幹事長は深く頷いた。
「菅原総理は尾島という強大な強敵を打ち破るため、反尾島派の担ぐ神輿に乗った。そして敵を潰すことには成功した。ところが気がつくと、自分が主であるはずの官邸は別の人間に占拠され、手足は縛り付けられ、自由に動かすこともままならない。」
幹事長の言葉は、まさに菅原総理の現状を的確に表していた。
「裏で傀儡師のごとく操っているのが千石その人だ。魔物が巣食う権力の中枢は、権力という旨味を一度味わうと容易にはその危険な誘惑から逃れられない。これまで数多くの怪物を生み出してきた巣窟だ。」
総務会長は、永田町の闇を語るように続けた。
「そもそも尾島も菅原現政権に協力する気など毛頭なかった。菅原がふらつくから付け込まれる。なんの根拠もない景気対策などを思いつきで口にする彼の性癖は、総理になった以上謹んでもらわなければならない。」
政務調査会長の言葉は、総理の軽率な発言が、結果的に千石に権力を与える結果になったと示唆していた。
党本部の別室。幹事長と総務会長が、再び密談を交わす。
「輿石はよく言えば組織内の序列を重んじるタイプだが、悪く言えば長いものには巻かれろという男だ。十分に注意する必要がある。与党側に寝返る可能性もなくはない。」
幹事長の言葉に、総務会長は眉をひそめた。
「尾島のやり方は明白だ。自分の息のかかった議員に限定して、組織対策費名目で、巨額の党資金を配るというものだ。多い者では1億近いカネが流れている。しかもその使途は全く不明だ。」
総務会長は、尾島の闇の部分を明らかにした。
国会議事堂内の記者クラブ。数人の記者たちが、最新の情報を交換し合っていた。
「消費税を上げなければ、日本の国家財政は崩壊するという意見がよくある。それは例えて言うなら、料金だけは先にいただくが、出す料理は後で決めるというようなものだ。」
記者Aが、皮肉を込めて言った。
「大変長い答弁をいただいたが、申し訳ない。よくわかりませんでした。」
記者Bが、閣僚の答弁のわかりにくさを嘆く。
「今国会でも様々な重要課題について議論が行われた。課題によっては、政府与党が野党の批判に抗しきれず、政策転換を余儀なくされる重要な議論が戦わされた局面も多々あった。」
記者Aは、国会論戦の熾烈さを指摘する。
「各代議士も実際には様々な支援組織をバックに背負い、政治生命をかけた真剣勝負のディベートが行われる場合も多々ある。」
記者Bは、国会論戦の裏にある議員たちの覚悟を語った。
「国会論戦も馬鹿にならない。不勉強で立ち往生する閣僚や、底の浅い質問に終始する野党議員もいる。街頭演説やブログなどの一方的な情報発信を見るのとは段違いで、政策に関する見識や問題意識、ディベート能力の程度がはっきりする。」
記者Aは、国会論戦こそが、政治家の真価を問う場だと考えていた。
「今国会でも、党内や政府内で議論が二分していることが、閣僚答弁や野党質疑者の質疑内容からその構図が透けて見える。」
記者Bの言葉に、記者Aは頷いた。
「今国会は重要なテーマが目白押しだ。それぞれ数日間かけて集中審議をしてもらいたい案件が多数ある。にもかかわらず、昨日の質疑は防衛大臣の失言問題に固執し、官僚の首を取ることだけに終始した。」
記者Aは、野党の追求が、時に本質を見失うことを嘆いた。
「総理と民自党の総裁という大将同士のセッションも迫力を欠いた。1時間もかけて行われた党首討論を骨組みに分解すればわずか3行で要約できる。『情報公開をして欲しい』『国益を明らかにして欲しい』『立ち位置をはっきりさせて欲しい』。いずれも抽象的な質疑だ。なぜこのような質疑に終始したか。それは、両党とも党内に賛否両論があり、立場を明確にできなかったからだ。」
記者Bは、党首討論のレベルの低さを指摘する。
「立場の不明確な両者が、どちらがより不明確かを競ったに過ぎない、はなはだ低レベルの討論だった。」
記者Aは、容赦なく切り捨てた。
「民自党総裁は素案ではなく、成案を閣議決定せよというつまらない手続き論を展開、これに対して総理は手続き論ではなく本質論を迫った。これは総理のほうに一本というところだろう。」
記者Bは、総理が一枚上手だったと評価した。
「政府相手に論理の矛盾を露呈させる手法はかなり難しい。なぜなら、論理の一貫性や整合性を保つことは、官僚が最も得意とすることだからだ。政治家が官僚の答弁書に沿って答弁する限り、そう簡単にはボロは出ない。」
記者Aの言葉に、記者Bは深く頷いた。
「だが一つだけ弱点がある。各省の縦割りだ。答弁資料は問題領域ごとに担当する省庁が作成する。その省庁ごとの資料を官邸でチェックするのだが、ここにつけいる隙がある。チェックが甘いとここに矛盾が出ることがある。」
記者Bは、官僚答弁の弱点を指摘する。
「昨日の山本議員の質疑は実務的には大戦果だった。すでに役所としては決定済みの政策であるため、色々な制度との整合性もあるので、方針の見直しは不可能という答弁資料を用意し、担当大臣もそう答弁したにもかかわらず、最後の最後に総理が『改めてよく検討したい』とひっくり返してしまったのだ。この後、役所の担当部局は大混乱になったはずだ。」
記者Aは、昨日の国会での攻防を興奮気味に語る。
「防衛大臣は二度も答弁不能状態に陥った。質疑中断は、質疑者からすればホームランみたいなものだ。国民目線から乖離した官僚答弁に終始することで、彼にばっさりと切られる役回りを二度も演じるはめになった。大臣としての適格性に黄信号が灯ったと言えるだろう。」
記者Bの言葉に、二人の記者は顔を見合わせた。永田町の夏は、まだ始まったばかりだ。そして、この嵐の中で、一体誰が生き残り、誰が消え去るのか。誰もがその行方を見守っていた。




