嵐の予感:総理官邸の長い一日
総理執務室の重い扉が、音もなく閉まる。室内は重い沈黙に包まれ、冷房の微かな稼働音だけが耳に届く。総理大臣は、執務机に置かれた未読の書類の山を前に、苛立ちを隠せないでいた。
「報告はどうなっている?」
総理の鋭い問いかけに、官房長官は姿勢を正した。
「今のところ、午前中にお伝えした以外には特段新たな情報は上がってきておりません。」
「事態の大きな進展はないということだな。」
総理の声に、明確な不満の色が滲む。
「いえ、そこのところは定かではありません。情報が上がってきていないだけかもしれません。」
官房長官の言葉は、裏を返せば、現状を把握できていないという告白に他ならなかった。総理の眉間に深い皺が刻まれる。
「警察長官とは連絡をとったのか?」
「はい、午後からは移動中のため連絡がとれておりません。」
「国防大臣は本当に今回の作戦は知らされていなかったのだな?」
総理の問いは、核心を突いていた。数時間前に判明した「極秘作戦」の情報は、官邸に激震をもたらしていた。隣国との国境を越え、特殊部隊が潜入したというのだ。
「はい、制服組が独断でやったことは間違いありません。ただ、どうも幕僚クラスもそのほとんどは事前には知らされていなかったようです。」
「信じられん話だ。この時代に。極秘作戦を持ちかけてきたのはアメリカ側と聞いているが。」
総理の語気は、次第に荒くなる。官房長官は、恐縮しきった表情で頭を下げる。
「申し訳ございません。そのあたりのことは現在調査させております。事の次第が判明次第、お知らせいたします。」
「仮にアメリカ側からの持ちかけであったとしても、官邸になんら情報を提供することなく、実施に踏み切ったことは、まさに言語道断だ。」
総理の怒りは、当然だった。小規模な作戦とはいえ、越境という重大な国際法違反を伴う特殊作戦。もし発覚すれば、外交問題に発展することは避けられない。
「おっしゃるとおりです。発覚すれば大きな外交問題になることは避けられません。」
官房長官の声には、疲労の色が濃かった。朝からこの一件で対応に追われ、情報が錯綜する中で、正確な状況把握に努めることに限界を感じていた。
時を同じくして、都心にそびえる在日アメリカ大使館の一室。在日アメリカ大使は、広い窓から東京の街並みを眺めていた。その表情には、疲労と諦めが混じり合っていた。
「無限なる大きな責任。無限なる小さな権限。それが在外公館大使の仕事の現実だ。」
彼は呟いた。民間大使として異例のサプライズ人事で着任したものの、最近では官邸と外務省からのバックアップを失い、孤立していると感じていた。日本政府内の足並みの乱れは、日米関係にも暗い影を落としていた。
「もう精神的に長くは持たないだろう。」
大使の隣に立つ外務次官は、感情のこもらない声で応じた。
「民自党政権での二元外交はあからさまですからね。外務省内でも当然、積極的に協力したくないという空気がある。当然といえば当然。彼の活躍を許せば、次もまた民間大使ということになりかねない。外務省プロパーからすれば、自分たちのポストを失うことになるわけですからね。」
外務省のプロパー職員たちの胸の内を知る次官の言葉は、冷たく現実的だった。日本政府内の権力闘争が、外交の現場にも深刻な影響を及ぼしているのだ。
その頃、国会議事堂近くのホテルの一室。野党である民自党の外交部会が開かれていた。担当局長が、発言を促される。
「今のお話ですが、野党である民自党の外交部会での情報ですが、内閣府の職員である私の立場からすれば、官房長官にお伝えすべき事項であると判断しますが、差し支えないでしょうか。」
一人の党員が、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「我々の情報が流れたとしても、それが外交の役に立つのなら、国益という観点で考えれば目くじらを立てても仕方がない。だが、限度はある。通常国会では、現政権の外交情報の収集力について問題にさせていただきますよ。」
野党は、この件を政権攻撃の材料にしようとしている。政府の混乱は、彼らにとっては願ってもない好機だった。
総理官邸。官房長官の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
「すぐに総理に連絡を取ってくれ。緊急事態だ。」
受話器を置くと、官房長官は慌ただしく周囲に指示を飛ばす。
「上野発の特急列車で軽井沢へ向かっている途中です。また、官房副長官も官用車で地元群馬を目指している途中です。ともに電波状況の悪い山中のようで携帯での連絡がつきません。総理については、新幹線の業務系通信でつい先ほど連絡がつき、次の駅で下車次第、官邸に連絡が入る予定です。」
報告を聞く官房長官の顔色は、みるみるうちに青ざめていく。最悪のタイミングで、総理と連絡が取れない。危機管理システムの初動は、完全に躓いていた。
首相と官房長官は結局、午後6時過ぎ、事件発生から6時間後に初めて、軽井沢の万座プリンスホテルで落ち合うことができた。事件の詳細を確認した二人は、渋滞に巻き込まれながら官邸に到着したのは、午後11時を回ったところだった。到着するや否や、すぐさま対策会議に合流した。
8月。広島、長崎で毎年挙行される原爆慰霊祭への出席の時期が来た。これは総理にとって、8月の大切な行事だった。と同時に、滞在先のホテルで地元新聞社と官邸クラブが共同という形で共同記者会見が行われる。質問は仲良く半分ずつだ。夏以降の政策課題について聞かれることが一般的だ。
8月15日。終戦記念日。東京の武道館では毎年、全国戦没者慰霊式典が挙行される。天皇、皇后両陛下出席のこの式典を挙行するのは、総理の重要な役目だ。これに先だって毎年取りざたされるのが、閣僚の靖国神社への参拝の是非だ。靖国神社には、東京裁判でA級戦犯として死刑判決を受けた東条英機首相らが合祀されている。このような戦犯が合祀された神社に政府首脳が公式に参拝することへの抵抗が、日本国内のみならず中国、韓国にも根強い。総理は、この政治的リスクをどう乗り切るか、頭を悩ませていた。
9月。民自党の総裁選挙の年だ。総裁選に出馬するためには、国会議員の20人以上の推薦が必要なため、小さな派閥の領袖や個人では、いかに総裁になりたくても入り口で跳ねられてしまう。現職の総理は、この夏から秋にかけての重要課題をこなしつつ、足元の党内基盤を固めなければならない。
10月。臨時国会が開催される月だ。安保改定国会と呼ばれる臨時国会は、ほぼ間違いなく混乱を来し、二度の延長が予想された。つまり、今年は通年国会となるのはほぼ間違いない。与野党が激しくこの問題で対立することは必至だ。与党側の採決に反対する野党各党は、牛歩戦術を取ることも視野に入れるだろう。担当大臣だけでなく、官邸でも官房長官以下、職員は全員明け方まで缶詰となるに違いない。
11月。総理の外国訪問が予定されていた。ロシアのピネン大統領との首脳会談が、新たな日ロ関係を構築させるものとして期待されている。過去にも首脳外交が歴史の壁を突き破って劇的な外交成果を生んだ実例がある。多くの国民が期待をしていたが、一方で、今回の極秘作戦の余波が、この重要な外交舞台に影響を及ぼさないか、総理は不安を拭いきれなかった。
12月。予算編成が大幅に遅れていた。8月末に各省庁から出た概算要求を踏まえ、首相官邸と財務省を中心に予算編成が図られるが、今年は予算案はクリスマスを過ぎても成立しそうになかった。また、予算成立と同時に内閣改造が予定されていた。閣僚ポストを待つ政治家が多いため、年に1回内閣を改造するのが通例だった。予算編成を区切りにして、新年を新しい閣僚で迎えることとなる。12月31日の暮れ、新年に放送する首相記者会見の録画撮りが行われる。暮れなのにおめでとうございますという会話から会見がスタートするわけだ。大晦日、年に一日だけの休みを迎えることとなる。
官邸の一日は、夜が明けても終わらない。総理の心には、目の前の危機と、来るべき政治の季節への重圧がのしかかっていた。この国を待ち受けるのは、一体どのような未来なのだろうか。




