第3章『沈む国家の影』
雨が降っていた。
大阪南港、倉庫街。
コンテナの影に車を停め、黒瀬は最後の確信を胸に、後部座席からケースを取り出した。そこには、真白が命をかけて奪ったデータ群と、彼が自ら不正アクセスで入手した“国家の罪”があった。
KANRIN-MARU計画。
それは名ばかりの海上輸送プロジェクトではなかった。
中身は「N-4」と呼ばれる遺伝子組換えウイルス兵器と、その人体実験データだった。
しかも、それを裏で支援していたのは、国会議員数名、外資系製薬企業、そして防衛装備庁の一部幹部たち。
「沈むのは、俺たちじゃない。国家そのものだ」
黒瀬は、歯を噛みしめた。
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一方、真白はその夜、ある人物との再会を果たしていた。
港の暗がり。スコッチの空き瓶を片手に、影の男が現れる。
「久しぶりだな、“ユキ”」
かつての上官、現在は行方不明とされた元公安調査庁の外事課長・三國浩一。
真白にとっては唯一、“諜報の作法”を教えてくれた人間だった。
「あなたも、知っていたんですか……KANRIN-MARUの中身を」
「ああ。知っていた。だが俺には止められなかった。国家が望んだ“歪んだ平和”だったからな」
「それでも、黙っていたんですね」
「そうだ。俺たちは“そういう世界”に生きている」
彼の声は、どこまでも冷たかった。
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黒瀬と真白は合流した。
その瞬間、倉庫街全域が異常な沈黙に包まれた。
「……囲まれてる」
真白はかすかに嗤った。
「国家に牙を向けた代償ってやつよ」
港の埠頭から、複数の無人ドローンとライフルを構えた黒服の特殊部隊が現れる。
警察ではない。自衛隊でもない。民間警備会社の偽装をした“国家の私兵”だった。
「真白冬木、黒瀬敬吾。機密漏洩および国家反逆未遂の容疑で拘束する」
マスクの奥から、女の声が響いた。
「機密ってのは、国民に隠すための都合のいい言葉だよな……」
黒瀬は低く呟き、拳銃を構えた。
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真白の瞳に、冷たい光が宿る。
かつて誰よりも冷徹に任務を遂行してきた自分が、いま国家の“標的”になっている。
皮肉だった。
「逃げないのか?」
黒瀬が言う。
「逃げても、どこかでまた誰かが殺されるだけよ。私たちで止めなきゃ」
真白はスーツの内側から、EMP爆弾を取り出した。
「10秒の通信遮断。その隙に抜ける」
「また君の手口だな」
EMPが起爆した瞬間、周囲のドローンが次々と墜落する。
それと同時に、黒瀬と真白は左右に展開。
散弾、閃光弾。まるで旧式の戦術が今もなお、通用するかのように。
だが2人の動きは異常なまでに訓練されており、敵の射線を逆に誘導する。
5分後、埠頭の一角で、真白は「防衛装備庁 機密通達」の原本を封筒に収め、ある人物へ託していた。
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それは、かつて彼女が“切り捨てた”ジャーナリスト・遠野だった。
「これを、お前に託す。今度は……お前がやれ」
「本気かよ。政府が全力で潰しにかかってるぞ?」
「お前はそういう場所にいた。俺はもう使えない。でも、お前なら報じられるかもしれない」
「……命、惜しくないのか」
「何人も死んだ。それでも俺たちは、情報で戦ってる」
遠野は封筒を手にした。
「真白……これが最後の戦いになるな」
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数日後。
各報道機関が一斉に“KANRIN-MARU計画”の存在を報じた。
だが、政府は即座に「フェイクニュース」と断じ、発信元の遠野は不審死を遂げる。
黒瀬は姿を消した。
真白も、以後行方不明となった。
だが――
ある民間病院で発見されたウイルス性疾患に関する研究記録に、こう書かれていた。
《本計画に関与したすべての記録は、2025年3月をもって抹消される。
ただし、“証人”が消えるまでは――》
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