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第2章『切り捨て線の上で』


東京・市ヶ谷、午前8時25分。

防衛省地下第3会議室。

監視カメラの死角に設計されたその部屋は、古びたコンクリートの壁が沈黙を強要するような重苦しさを漂わせていた。


「――諜報機関としての越権行為ではないのか?」

灰色のスーツを身に纏った一人の男が、低い声で切り出す。

情報本部内部監察室長・石動尚之。防衛官僚の中でも“報復の番犬”と呼ばれる男だった。


対する真白は表情を崩さない。

「任務は、外事課指令第71号に基づく正規の行動でした。作戦行動、対象の回収、敵対者の排除、すべて完了しています」

「それは“表”の報告だ。だが君が本当に追っていたのは“コンテナの中身”ではなく、そこに付随した――政治的背景だろう?」


真白は一瞬、目を伏せた。

石動はその一瞬の沈黙を逃さなかった。


「我々は軍人ではない。情報という“政治の刃”を握っている。それを振るうには、許可と意図がいる。……君は、その境界線を越えた」


会議室の空気が、凍りつく。

真白の背筋に冷たい汗が走った。

この言葉はすなわち「切り捨て」の予告である。


同時刻、防衛省 別館・地下データ解析室。


黒瀬は、深夜のオフライン端末の前で、例の光ディスクを精査していた。

分厚い軍用アルゴリズム。だが数枚のサブチップから、決定的な一文が浮上していた。


《対象:KANRIN-MARU計画

記録者:防衛装備庁 第3研究部門

備考:生物的特性を改変した感染試作体、試験コード“N-4”

処理:民間実験施設に移送予定(関西)》


黒瀬は絶句した。

「これは……生物兵器だ。それも国内実験……しかも民間施設?」


そして、さらに一枚の報告書のスキャンが現れる。


《報告先:防衛大臣官房付 極秘保安ファイル》

《通達:真白 冬木の任務完了をもって処分対象リスト“PhaseC”に追加》


黒瀬の手が止まった。


「処分……? 真白を?」


彼は一気に立ち上がり、通信端末を叩く。

「真白、聞こえるか。君、今すぐその場を離れろ。逃げろ」

応答がない。

続いて音声通信を切り替えるが、電波妨害。


「……まさか、もう始まってる」


その頃、市ヶ谷会議室では、静かに会議が終わりかけていた。

真白が立ち上がった瞬間、背後から2名の警務官が近づく。


「冬木一等陸佐、あなたには内部調査への協力を求めます。しばらく庁内に待機を」

「理由は?」

「上層部からの命令です。詳細は別室で」


真白は、あえて抵抗しなかった。

が、その目はすでに“逃走計画”を思考していた。

手元には何もない。銃も、通信機も。

だが、彼女の頭の中には、情報本部本部棟の構造図、非常用シャフト、通気ダクトの構成までがすでに叩き込まれている。


「……30分、ください。資料を整理します」

「速やかに」


警務官が退室した瞬間。

真白は資料棚の中から、予備のピストルとセンサー阻害剤を抜き出した。

その手際には一切の迷いがない。

「30分後、ここに私はいない」



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