断章:「静かなる飛行甲板」改
爆弾は、風を浴びて黙っていた。
2000ポンド。レーザー誘導。尾部に大型フィン、弾頭には強化樹脂製の追尾ユニット。赤いリボンのついたセイフティピンが信管の根元に差し込まれ、最後の確認を待っていた。
潮風に晒されて剥げかけた塗装の金属部分と、最新鋭の誘導モジュールのオリーブ色との対比は、まるで時代そのものが一つの兵器に融合しているようだった。
――そして、甲板上では、赤いユニフォームの兵器操作員たちが無言で動いていた。
彼らは機械ではなかった。だがその所作は、人間よりも静かだった。
コクピットから親指を立てたパイロットの姿が見える。風防は閉鎖され、エンジンは順調に回転を上げている。
風圧に揺れる整備士の黄色いヘルメット。彼は敬礼を返す。狭い世界で交わされる、静かで確かな合意だった。
パイロットはモスグリーンのフライトスーツにハーネスを着込み、右手には飛行ヘルメット。
それを持つだけで、彼の意識は一線を越えていた。
「このスーツを着た瞬間から、人はもう“帰還”を考えることを忘れる」と、どこかで聞いた気がする。
厚木基地で身に付けた装備は、身体の一部になっていた。ドラゴンズの青と黄を配したレディールームに一歩足を踏み入れたときから、空との会話が始まっていたのだ。
彼の機体、VFA-192所属のF/A-18Eスーパーホーネットは、今まさにフライトデッキの最前端でタキシングを始めていた。
舵面が動き、空中給油用プローブが展開され、すべての動作が生き物のようだった。
この鋼鉄のデッキには、数十年にわたり連なる航空戦の記憶が刻まれている。
かつてスカイホークでベトナムの空を駆け抜けたドラゴンズの先人たち。
第2次世界大戦で雷撃により艦隊を切り裂いたVFA-195。
――歴史の風は、未だこの艦を吹き抜けている。
場面が変われば、そこは別の時間が流れていた。
ダーティーオフィサーズ・メス。
真新しいチキンと小皿のサラダ、黒パンが白い陶器に並ぶ。
飛行服のままのパイロットたちが、青い円形テーブルを囲んで冗談を飛ばしていた。
だがその会話の端々には、着艦の誤差と、突風の回避操作と、無線不調の愚痴が混ざっていた。
給仕されるフォークとナイフは鏡のように磨かれ、補給科員たちが手際よくトレイを配っていく。
士官たちの食卓であっても、戦場であることを忘れるための仮面に過ぎなかった。
メスデッキ。下士官たちのカフェテリアには、焼きたてのパンの匂いが漂っていた。
金属製のバスケットにトレーが投げ込まれ、チェック柄のテーブルクロス、プラスチック製のナイフとフォーク。
肩と肩が触れ合う距離で、兵士たちは一心に食べる。
イタリアン風味の鶏肉、酸味の効いたソース、タバスコ、ケチャップ。
戦場では、塩と酢と火薬の匂いは、ほとんど同じだった。
そして、艦内のどこを歩いていても、その奥底には**「次のフライト」が確実に待っていた**。
飛行甲板では今も、F/A-18の脚部に油が注がれている。
セイフティピンはまだ抜かれていない。だが、それはすぐに抜かれる。
すべてが次の一瞬のために整備され、配置され、呼吸を止めるように準備されていた。
誰もが知っているのだ。
――この艦には、“帰還”よりも“出撃”の方が多いということを。