【危機管理断章】《第四警戒態勢発令》
東京霞が関、午後13時。警察庁地下防災センター。警戒灯が無音で赤く点滅していた。
「第三警戒態勢から第四警戒態勢へ変更だ」
警察庁警備局長の声が会議室内に低く響いた。
「了解いたしました」
理事官が即座に応じる。
壁面にある電光ボードが、ピッと音を立てて数字を切り替えた。
《警戒態勢:第四》。
国家レベルの「極度の警戒状態」、つまり“非常直前”を意味する最終段階。
地の文:
テロリズム発生時における警戒態勢の基準が、これまでの「高度警戒」から、最高度の「厳重警戒」へと格上げされた。これは、具体的かつ確度の高いテロ情報が、政府中枢に報告されたことを意味していた。
「テロ等への緊急事態への対処体制の強化が喫緊の課題であると考えます」
公安部長が冷静な声で切り出した。
「私も同感です」
警備局長は即座に頷いた。「特に原子力関連施設への警備強化は最優先課題です。アメリカの同時多発テロ以降、原子力発電設備は最も危険な標的として認識されています。現在、我が国でも警備強化を進めておりますが、必要な装備や機材、さらには車両整備が全く追いついていないのが現状です」
「具体的な補足をいたします」
公安部外事第三課・国際テロ第一係長が前に出た。
「先般、九州南西海域にて不審船事案が発生しております。前回と同様、停船命令を無視した不審船は、機関砲とロケット弾による反撃を加えてきました。幸い死傷者は出ませんでしたが、国内の陸上テロにおいても、重火器の使用可能性が非常に高くなっております」
係長の声には、報告書には書かれない現場の切迫感が滲んでいた。
「テロリストが夜間、強力な火器を携えて原子力関連施設に潜入する事態を想定すれば、これに対抗するための機動力・耐弾性を有する車両が必要不可欠です。警察予算内では到底調達できません。軍用水準の車両整備を、早急に検討いただきたく思います」
「つまり、現行装備では対処不能ということだな」
警備局長が低く言った。「軍用車両の導入……それも選択肢ということか」
「さようでございます」
公安部長が短く応じる。
会議室に一瞬、緊張が走った。
【場面転換:兵庫県尼崎】
「内閣官房からの緊急電話です!」
兵庫県・尼崎港湾管理事務所に設置された港湾危機センターに、警報が鳴り響いた。
「内閣官房水際危機管理チームの佐久間です」
官房長官直轄の危機対応ユニットのチーフが通信回線の向こうで告げる。
「緊急情報です。つい先ほど、外国船籍の貨物船『アルビナ号』(パナマ船籍)が尼崎西宮芦屋港に入港予定との情報を受けております。その船に、国際テロリストが多量の武器を密輸し、同時に密入国を図っているという、極めて信頼性の高い情報が入りました。コアメンバーを即時招集の上、海保・警察・税関・入管の連携で水際阻止措置を講じてください」
「承知いたしました」
港湾管理官は即座に頷き、非常招集手続きを発令した。
【場面転換:総理官邸】
「尼崎の件、どうなっている」
総理大臣が短く尋ねた。緊急事態室の壁には、関西地方の衛星画像が映されている。
「先ほど、現場より速報が入りました」
官房長官が静かに報告を開始する。
「北岸壁に着岸予定のパナマ船籍『アルビナ号』に、国際テロリスト複数名が武器を持ち込み、密入国を企てていることを裏付ける決定的証拠を税関が確認しました」
【現場:港湾封鎖】
地の文:
海上では、海上保安庁の巡視艇が外海側から『アルビナ号』に接近。陸上では警察車両が北岸壁に展開していた。
同船への合同立入検査が、海保・警察・税関・入管の4機関合同にて開始された。
税関職員が船内で多量の自動火器と爆薬らしきものを発見。乗員の尋問が始まったそのとき――
「船長が人質にされ、テロリスト2名が船内で立てこもりました」
官房長官が報告した。
「対処をしくじったのか。事前情報まであったのに……」
総理の額に深い皺が寄った。
「加えて、別の2名が小型船で海上から逃走を図っております」
【海上追撃】
地の文:
小型船に対し、海保の警備艇が追跡を開始。
停船命令を数回にわたり送出したが、逃走は続いた。
やむなく、機関銃による威嚇射撃が実施され、小型船は減速。
巡視艇が両側から接近し、保安官が強行乗船。
テロリスト2名を制圧・逮捕した。
【突入と逃走】
「海上逃走中の2名は確保されました。ただ、船内に立てこもっていた2名については、膠着状態が続いています」
官房長官が報告する。
地の文:
その時だった。港湾ゲートが破られ、不審車両が急進入。
その直後、アルビナ号の船内から、人質を盾にした2名のテロリストが現れた。
銃撃を交えながら不審車両に乗り込み、逃走。
直後に応援要請を受けた兵庫県警機動隊と航空隊が臨場。
上空からは県警ヘリが追尾、地上では特殊車両が港外周部で先回り。
車両を強制停車させ、乗車していたテロリスト3名を制圧・逮捕した。
【報告】
「逃走車両は県警機動隊によって強行停車、テロリスト3名は現場で逮捕されました」
官房長官は報告を終えた。
「よし。今のところは、一安心だな。他に続報は?」
総理が問う。
「はい。解放された人質であるアルビナ号船長は、肩部を負傷しており、神戸市民病院に緊急搬送されました」
「テロリストの持ち込み荷物を税関がX線検査した結果、可塑性爆薬10キロを確認。使用可能な状態にあり、即時爆破も可能な仕様であったとのことです」
「また、入管によるBICS検査の結果、拘束されたテロリストのうち1名が、国際刑事警察機構により国際手配中である人物と一致しました」
総理は沈黙したまま、壁のモニターを見つめていた。そこには、警察庁警備局によって指揮された“第四警戒態勢”発令後の全作戦記録がタイムラインで流れていた。
これはまだ「未遂」である。だが次は、「未遂」では済まないかもしれない。
日本政府中枢の空気が、ほんの一瞬、凍りついた。