最前線の血と砂 改
砂塵が舞い上がる灼熱の砂漠。そこは、生命の危険と隣り合わせの最前線だった。ヘリコプターの運用にとって、砂漠は常に過酷な環境だ。細かい粒子の砂が吸気口やミッション系に容赦なく入り込み、エンジントラブルを引き起こす。ましてやここは最前線のさらに奥、味方は自分たち以外に存在せず、周囲にいるのは敵ばかりだ。
MH-60ブラックホークヘリのローターが、ヒュンヒュンと空気を切り裂く唸り声を上げ、ガスタービンエンジンの排気音が轟々と響く。その騒音の中、機上操作員が大きく開口した乗降口から身を乗り出し、巨大な黒い袋を機内に積み込むのに手を貸した。くの字型に下にたわんだその袋は、ドサリと音を立ててヘリの床に積み上げられていく。
「これで全部か!」黒いサングラスにリップマイクをつけた機上操作員が、大声で叫んだ。彼の声は、回転翼とエンジンの轟音にかき消されそうになる。田口は、耳に手を当てて「もう一度言ってくれ」という合図を送った。
「これで死体袋は終わりか!」オリーブドラブの飛行服のハーネスに落下止めの安全帯をつけたアメリカ兵が、再度大声を張り上げた。
「まだだ、もう一つある!」分隊長の田口は、後ろを指差しながら負けないくらいの大声で答えた。彼の指差す方から、一人の兵士が黒いゴミ袋大の大きさの袋を肩にかついで、ヘリのほうに向かって走り込んできた。まるでサンタクロースの袋のようにかついでいるその兵士は、ヘリのドアまで来ると、そのアメリカ兵にそれを手渡した。
「戦場からの贈り物だ。大切に扱ってくれよ」彼はそう言うと、踵を返してすぐにヘリから離れた。
アメリカ兵は、顔を背けながらそれを受け取ると、横にうずたかく積まれた死体袋の横にそれを放り投げた。「ひでぇー臭いだ」彼は日本兵に聞こえないような小さな声で吐き捨てた。死体の生々しい臭気と、血と硝煙の匂いが混じり合い、機内は重い空気に満ちていた。
赤外線暗視モニターの惨劇
一方、上空でホバリングしている攻撃ヘリのアパッチのコックピット。白黒のモニターには、一台の軍用車両が映し出されている。その外には、2名の兵士が立哨していた。兵士の姿は、その体から発せられる体温のため、この赤外線暗視モニターでは白く輝いて映し出される。人型の白いシルエットが右に左に交錯しながら移動している。止められた車両は、無蓋式の5トントラックのようだった。ここに止められて半時間以上は経過しているようだった。ボンネットの上面はすでに冷えており、薄い灰色として描写されている。彼らはここで、パトロールを終えた分隊をピックアップするために待機しているのだった。
一人の兵士が煙草に火をつけるのが分かった。指先に輝くような白い発光点が確認できる。その点が口元に行ったり、下りたりしている。彼らが待っている分隊は、もうここには帰還することはないということを、彼らは知らない。そして永遠に、そのことをこの二人の兵士は知ることはないのである。
モニター上にヘアクロスが表示された。兵士の一人がトラックの方に移動する。残った兵士が煙草をくゆらせている。倍率が上がった。兵士の姿が画面一杯になる。温度差の分布だけで表示されたシルエットではあったが、人物の特徴も十分に描き出していた。小太りの中背の男だった。白人か黒人かは分からない。こちらには全く気づいていない。
距離は1500メートル。低騒音機構を装備したアパッチヘリの改造型は、この距離では全く音は聞こえない。ヘアクロスの周囲の囲みが点滅した。ロックされたのだ。ガナーは電子音でそれを確認すると、なんのためらいもなくトリガーを絞った。
腹の底に響くような衝撃とともに、30ミリ機関砲弾が飛翔していく。モニター上のシルエットが視界から消える。まばゆいほどの光の渦が画面全体を覆う。チェーンガンから毎秒10発の速度で飛び出した真っ赤に焼けた徹甲弾がターゲットに着弾し、そこら中に跳ね返っているのだ。衝撃と音が鳴り止んだ。モニター上に映し出されているのは、跡形もなくばらばらになった、白く輝く肉の断片だった。
ひときわ大きな断片が、かろうじてそれが人間のものであったことを示していた。ローストチキンのような断片と化した右腕の回りには、白い水たまりのようなものが転々としている。血の海だった。流れ出たというより、バケツで撒き散らかされたといったほうが正しい。人間が家畜のように屠殺された光景だった。
ガナーはズームバックし、周囲を映し出した。もう一人いた兵士が見えない。トラックをズームした。運転席には確認できない。画面の下になにかが飛び出し、またすぐに引っ込んだ。彼はへまをやらかした。ガナーはその軍用トラックに照準を定め、一連射した。ボンネットが砕け飛び、白く輝いた。撃ち終わった後も、ゆらゆらと白い影が立ち上っている。燃料に引火し、燃えているのだった。
半壊したトラックの下から、もう一人の兵士が転がり出てくるのが見えた。5メートルほど転がったところで動かなくなった。腹部と右足が白く輝いている。被弾して出血しているのだ。しばらくモニターはその兵士の姿を無機的に映し出していた。わずかにその兵士のシルエットが動いた。衝撃音とともに画面全体が白く輝き、後には白く点在する肉片が散らばるのみだった。
空からの強襲
その直後、MH-60ブラックホークヘリの一個飛行隊が、上空より街に接近してきた。砲撃の後にはまず空から騎兵部隊が急襲するのが、米軍の基本戦術だった。このブラックホークヘリには、レンジャー部隊の兵士が満載されていた。開け放たれたドアからは、20ミリバルカン砲の銃手がベルト式供弾装置の上に体を預けるようにして、機外に乗り出し、油断なく機体周囲の下方を警戒している。機上の兵士たちも、銃口こそ下に構えているが、いつでも発砲できる態勢を整えていた。
一部の機体にはメディックスが搭乗しており、一抱えもある救急箱を背中にしょって、いつでもレンジャーと共に降下できるようキャンバス地の座席に腰を浮かし気味に座っている。彼らの顔には、これから始まるであろう激しい戦闘と、それに伴う負傷者への迅速な対応への覚悟が刻まれていた。
それぞれのブラックホークは、あらかじめ決められた街の十字路に、次々とラペリング降下していった。ロープを伝って漆黒の影が地面へと吸い込まれていく。歩兵を降ろしたそれぞれのヘリは、すぐさま離陸上昇し、今度は上空から地上部隊の援護態勢に入った。ヘリの下面装甲は、航空機にしては異例に厚く、1983年のグラナダ侵攻では、デルタフォースの乗ったブラックホークが23ミリ高射砲弾を47発被弾しても墜落を免れたほどだった。ローターヒンジも、仮に油圧を失ったとしてもオイルレスで30分近く飛行できる機構を持っている。
地上で展開するレンジャー部隊の足元で、砂塵が舞い上がる。彼らは即座に散開し、各々の目標地点へと向かっていく。街は、まだ夜の闇に包まれているが、上空のヘリの轟音と、かすかに聞こえる銃声が、新たな戦いの幕開けを告げていた。