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A級なんてクソ喰らえ

作者: FELE

 その日、幼馴染たちで構成されたパーティで一仕事終え、打ち上げの酒場で最高にうまい一杯目の酒を一息で飲み干した俺、ラスティは天井を見上げて呟いた。


「冒険者、辞めるか」


 俺たちは連れ立って故郷(ふるさと)の村を出てきたパーティだ。

 戦士の俺。剣士のライラ。癒し手のミルカ。魔法使いのヤン。狩人のギータ。

 5人組のパーティで長く仲良くやってきた。


 村を出るときは10台半ばだったが、もうすぐ30。

 冒険者ギルドにいても年下も多くなった。


 村を出てきたばかりの時期は、それなりに苦労もした。


 魔物に負けてしっぽを巻いて逃げたことなんて何度あったか。

 逃げる途中で癒し手であるミルカが怪我をして気を失ってしまい、失血がひどいのに薬も買えず、信じてもいない神さまに祈ることしかできずに夜明けを待ったことだってある。

 薬を買うために金を工面しようとして変な連中に騙され、売り飛ばされそうになったこともあった。


 それでも誰一人欠けることなく、今までやってこれた。


 A級に昇格したのはいつだったか。

 25は過ぎていたように思うが、そのくらいの年のある日に、E級から始まった冒険者ランクがA級に昇格した。


 A級の上にS級なんてのもいるが、あれは人間の範疇外(はんちゅうがい)だ。

 建物を剣の一振りで吹き飛ばし、いとも簡単に人の目を置き去りにして移動し、魔法を使えば山を消し飛ばす。世界でも10人ほどしかいない人外(じんがい)どもに、暴れてくれるなと特権を投げ渡したのがS級だ。

 世界の危機には協力してくれている……らしい。詳しいことは国家秘密と言うが、チートだ奴隷だハーレムだと、言葉は通じるが会話が通じない連中が協力してくれているはずがないと俺は思っている。


 そんな実力と希少価値の高いS級とは違い、俺たちのようなA級は国に1パーティはいる。大国なら複数いることも珍しくない。


 S級とは違い、会話が通じる俺たち(A級)には無理も言いやすいらしい。

 巨人が出ただの、グリフォンが出ただの、ラミアが出ただのと、軍を動かすと退治できても被害が大きくなるような魔物相手にたびたび駆り出される。それも俺たちA級パーティ全員で問題にあたるのではなく『今後の育成のために』とか言ってA級(俺たち)は1人で残りはB級や、時にはC級を率いて事に当たらされるのだ。


 B級やC級まで昇格してきている冒険者たちだから、シロウトさんではない。

 だが、言葉に出さなくても伝わる連携などは望むべくもない。A級(俺たち)だけで組んだパーティなら説明しなくてもいいのに……という不満はどうしてもある。そのうえ育成に関する報告書だの、B級やC級が怪我したときにはなぜそれが防げなかったのかの反省会だの、面倒極まりない。


 冒険者ギルドと繋がりのある貴族の対応も面倒だ。何が楽しくてこっちが会いたいわけでもない相手の(ツラ)を見て頭を下げないといけないのか。会話の内容なんぞ家柄自慢と立場をかさにきた見下しトークだけ。ライラとミルカにはそこに性的なものまで交じる。

 どの貴族も、1回の顔合わせで脳内で10回は死体にしている。


 そんな中、ドラゴンが出た。


 さすがにB級やC級を連れて子守をしながら戦う相手じゃない。

 それでも勉強になるからB級やC級を連れていけという冒険者ギルドを怒鳴りつけ、竜殺しのパーティにいたという箔をつけたい貴族をやり過ごし、どうにか自分たちだけで竜を討伐してきた。


 楽だった。

 何がって気を(つか)わなくていいのが。


 ぶっ殺したドラゴンの目と角と牙と爪があれば、報告書もいらん。

 反省会もない。そもそも引率させられていた俺たちが何を反省するのか。


「気楽だった……」

「気楽でしたね……」

「気楽だったね……」

「気楽……」


 ああ、俺以外もそう思ってたのか。


 そう思ったら漏れたのが「冒険者、辞めるか」という言葉だった。


「辞めてどうする?」


 ギータが乗ってきた。

 息を潜め森に沈み、獲物が油断するまで待つ狩人らしく、寡黙な男だ。

 冒険者ギルドで下位の教育をするには喋らないわけにいかない。言葉が少ないギータはとても苦労していた。そのへんの貴族よりも整った顔とその静かな佇まいに惚れた女冒険者や貴族令嬢は数しれないが、そういう連中はたいてい騒々しい。静かさを好むギータは必死に逃げ回っていた。


「……故郷に帰るか」

「いいね」

「うん、それがいいかも」


 ライラとヤンも同意してくれる。

 剣士であるライラも魔法使いであるヤンも、冒険者ギルドの中では抜きん出た実力だ。その実力は実戦と実践で磨かれたもので、誰かに教えられたものではない。剣の道場、学問の塾。そういった場所で技を身につけた連中から目の敵にされた。ぶつかり合って白黒つける度胸もないクセに、徒党を組んで罵る連中に疲弊していた。なのに冒険者ギルドはそんな連中を指導しろという。まずそいつらに言って聞かせることから始めろというのだ。

 二人は励まし合い、支え合い、そうして心をつなげていった。

 故郷に帰れば夫婦として誰に傷つけられることなく生活していけるだろう。


「……お母さんに会いたい」


 ミルカがぽつりと言う。

 魔法で傷を治す癒や手はほとんどが教会に所属しているが、ミルカは村の薬師の娘だ。特別に信心深いわけでもない。ライラやヤンと同じように、教会に所属していないミルカが自分たちより上位の癒や手であることを認められない神官やシスターたちに難癖をつけられていた。見つけられれば割って入ったが、俺が知らないところでも何度もやられていたのだろう。ミルカは癒や手だから貴族たちの治療に呼ばれることも多い。ライラと違い力づくで振りほどけないミルカを一人で行かせるのは許さなかったが、性的な嫌がらせはライラ以上に多かった。

 ミルカの薬師としての師匠は母親だ。父は小さい頃に亡くなっている。長く帰れていない故郷に残した母親を思い出し、その瞳が涙で潤む。どれだけ絶望的な状況になっても踏ん張る心の強さを持っているミルカだが、人の悪意と戦うのはまた違った強さが必要だ。もう限界だったのだろう。


「……辞めようぜ、冒険者」


 俺も故郷に養父を残している。捨て子の俺を拾って育ててくれた親父に、孝行ができていない。とにかく休みがないのだ。今日はドラゴン退治をしてきたばかりだが、明日にはそれぞれB級、C級を率いてのしごとが入れられている。


「辞めて故郷に帰ろうぜ」


 俺の言葉にみんなが黙って頷く。


 休みもろくに取れずに働かされているのだから、蓄えは十分だ。受けさせられている仕事はあるが、依頼を途中放棄する違約金を払っても人生5回分くらいは遊んで暮らせるはずだ。


 お互いに頷き合って立ち上がる。

 このまま動き出さなければ、次にいつ顔を揃えられるかもわからない。


 辞めだ!

 冒険者なんぞ、もう辞めだ!


 俺たちは冒険者ギルドの身分証明書を片手に、受付カウンターへ走り出した。



  ◯



 冒険者ギルドは彼らの冒険者廃業を引き止めることもなく違約金を受け取って受理した。

 彼らが育てたB級、C級の冒険者たちが育ってきていたからだ。


 A級の彼らが受けていた依頼をB級、C級の冒険者たちに割り振り、ちょっとした額になった違約金を数えながら問題はないと安心する。


 だが、予想外の自体が起こる。


 B級、C級の冒険者たちの多くが依頼を拒否したのだ。

 A級の彼らがいなくなったことに不安を抱き、身の丈を超える依頼を拒否するようになった慎重派。

 A級の彼らに受けた恩を返すため、彼らを追って冒険者ギルドを後にした後追い派。


 後は無謀にA級が受けるはずの依頼を受け、実力不足で達成できなかった未熟派だ。


 結果、今まで処理できていた依頼を処理できなくなった。


 依頼者たちから強く叱責を受けた冒険者ギルドは慌ててA級の彼らを呼び戻そうと、彼らの故郷に人を送る。

 しかし、故郷で落ち着き、穏やかな生活に戻った彼らから返ってきたのは冷たい返事だった。


「A級なんてクソ喰らえ、だ!」

冒険者ギルドも人材派遣業だよね。

冒険者エンジニア舐めたらこうなるよ、というお話。

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