表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
64/66

第六十二話 影、葛城を穿つ

──静けさの中に、何かが揺れていた。


葛城領、北辺の村落。

朝露が地を湿らせ、農の民たちは普段通りの一日を始めていた。


「……妙だな。昨日まであった見張り台が、今朝は折れておったぞ」


「鹿でも突っ込んだんじゃねえのか?」


「いや、火がついた跡があった。しかも……人の足跡が一つもない」


老農夫のつぶやきに、若者が笑って応じた──その瞬間、空気が変わった。

風が止み、林の向こうで何かが軋む音。


次の瞬間、――火柱が上がった。


「火だぁああああああああっ!!」

「なんで!? なんでうちの蔵が!?おいッ、誰か来てるぞォ!」


黒煙が立ち上り、駆け出す村人たちの背後に、“無言の兵”たちが現れた。

顔を覆面で隠し、旗も持たぬその軍勢は、整然と、だが容赦なく村へと迫る。


──葛城の背を討つ者、それは、まさに“影”そのものだった。



林を駆ける沙耶の目が、鋭く細められる。


「……ここにきて、分岐が多い。わざと攪乱している……」


地に残る蹄の痕、巻き上げられた土。だが、その先には不自然に小さな荷車の轍。

軍規格の装備ではない。民のふりをして通れるよう細工された偽装軍だ。


「こんな手まで使うとは……。これはもう、“侵略”と呼ぶべきもの」


口を引き結び、腰の短刀に手を添えた。

その時──どこか遠く、煙の匂いが風に乗って届く。


「……っ!」


振り返り、空を仰ぐ。

林の向こう、陽の落ちかけた空に、黒い煙が一筋、立ち昇っていた。



「“背を焼け”──とのご命令だ」


無表情な伝令が告げる声を、男は黙って聞いていた。

その名は、日下部 練。


黒部の信任厚い副将。冷酷無比にして、効率を最重視する。


「村三つ、焼き払えば流通線が絶たれる。葛城の兵站も乱れる」


「それに、火は民の怒りを買う。あえてやる意味があるのか?」


側近が問うたが、練はただ呟いた。


「……“黒部様”が言われたのだ。『貴様ら、裁きを受けるに値せぬ』とな」


馬の蹄が鳴る。火が舞う。

──これは、炎による宣告。誰に届けるでもない、始まりの音だった。



沙耶は走っていた。

林を抜け、風を裂き、荒野の縁へ。


──そして、見た。

沈む陽のなか、燃え上がる村を。


「…………っ!」


言葉が出なかった。

ただ、胸の奥がざわめいた。焼け焦げる匂い。立ち尽くす者の影。


斎様が……ここにいれば。

あの策士の目が、すべてを見通していれば──


「私が……止めなければ」


影の名を背負う者が、静かに踏み出す。

まだ火が届かぬ村の奥へ。

誰かが、生きているかもしれない。


風の音が、すべてを吹き飛ばすように鳴った。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ