第五十八話 焔より生まれし者
――第二節:焔より生まれし者
灰の降る地で、少年は立っていた。
火山の噴煙が空を焦がし、風は硫黄を運んでくる。
息を吸えば喉が焼け、目を開ければ涙が滲む。
それでも、少年──黒部 景宗は、目をそらさなかった。
「また……兄上が還らなかった」
そう呟いたとき、まだ声変わりもしていなかった。五人兄弟の末弟。
けれど、気がつけば、兄はもうひとりも残っていなかった。
火砕流に呑まれた者。争いの刃に倒れた者。
父の命により、遠征に出されたまま音信を絶った者。
──そして、嫉妬に狂った家臣に毒を盛られた者。
「死は、理の中にある」
そう教えたのは父だった。
黒部 景久。
荒れ地を力でまとめた豪勇の男。
だが、同時に恐ろしいほどに冷たい目をした人間でもあった。
「誰が死んでも、地は回る。血が途絶えても、地は咎めぬ」
「だからこそ、お前が選べ。“誰が生き、誰が死ぬか”を」
景宗は、その言葉が理解できなかった。
いや──理解したくなかった。
兄上たちは強かった。優しかった。だが、生き残ったのは自分ひとり。
(なぜ、俺だけが──)
それを考えるたびに、景宗は刀を握った。理由を探すように。
答えを見つけるように。
そうして、剣を振った。死者の代わりに、己を鍛えた。
ある日、父に聞いた。
「なぜ、俺を殺さなかった?」
父は笑わなかった。ただ一言だけ。
「お前は“価値を測る目”を持っている。滅びる者と、進む者を見極められる目だ」
「だからお前は、“王”になる」
そのとき、景宗はようやく腑に落ちた。自分は、“選ばれた”のではない。
“選ぶ者”にされただけなのだと。
それが、彼の“生きる理由”になった。
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青年になった景宗は、争いの先頭に立った。
地を巡る戦で、多くの者を討った。
「生きるに値せぬ」と言い放ち、敵将を斬った。
その言葉に込めたのは、感情ではない。同情も、憎しみも、なかった。
ただ、“その者が未来に不要である”という、断じた判断だった。
「人は、生きていてよい理由が必要だ。
俺にとっては、それを決めることこそが、“生きる”だ」
──その頃から、風の噂が届き始めた。
「東の山中に、葛城という若き策士がいる」
「百の軍を十で破り、戦わずして城を落とした」
「非道な手を使いながらも、民を飢えさせぬ男がいる」
黒部は、それを最初“耳障り”に感じた。策士。知将。
言葉の影に、いつも軽蔑を感じていた。だが、次第に噂は変わった。
「戦で勝つが、仲間を失った」
「背中で泣いた」
「それでも、道を止めなかった」
そのとき、黒部は初めてその名を、真っ直ぐ心に刻んだ。
(──葛城斎。お前は、“壊れながら進む”か)
(ならば俺は、“壊れても揺らがぬ”道を行こう)
それが、今の自分と、これからの自分を決めた。いつか来る。
この灰の地にも、“知の覇王”が歩み寄ってくる。そのときこそ、“価値”を測ろう。
この命を賭けるに値するかどうかを──
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