第五十六話 白嶺と覇王、盟を問う 第三節
──第三節:影の目、揺れる心
会談を終えた天幕の外。
空には薄雲がかかり、陽はすでに傾きかけていた。
斎と白嶺が並び歩く姿を、沙耶は遠くから見つめていた。
背を向けて歩むふたり。
その距離は近すぎず、遠すぎず
──だが、間には言葉以上の何かが確かに存在しているように見えた。
「……あの人は、どこまで独りで行くつもりなのかしら」
胸の奥に、置き去りにされたような感覚。
手を伸ばせば届く気がするのに、それが許されないような、そんな微かな痛みが胸を刺す。
沙耶は小さく息を吸い、目を伏せた。
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一方、雲居と篝は、少し離れた場所の岩に腰を下ろしていた。
焚火こそないが、互いに湯を片手に持ち、目は先ほどの会談の余韻を映している。
「……ひやひやしたよ。白嶺殿はああ見えて、容赦ない」
雲居が笑うように言うと、篝も肩をすくめた。
「貴方の主も、なかなか……。姉も珍しく“興味深い”と言っていましたよ」
「“興味”か。“信”ではないのがまた、厄介だな」
雲居の指が、湯の椀をくるくると回す。
やがて彼は言った。
「それでも……あの方が、誰かの目に“試される”姿を見ると、妙に落ち着かない」
篝が静かに目を細める。
「それは……“信じているから”じゃないんですか? 貴方も──沙耶殿も」
その名を聞いた瞬間、雲居の動きが止まった。
「……沙耶が、ね」
風が吹いた。
その風が、なぜかふたりの沈黙に拍車をかける。
篝は湯を飲み干すと、立ち上がった。
「我ら白嶺にとって、この共闘は試金石。
……ですが、貴方たちにとっては、どうなんでしょうね?」
「“何を失ってでも進む”と決めた者に、どこまで“支え”が残るのか──それもまた、見極めのひとつかもしれません」
雲居は返さなかった。ただ、静かに目を伏せたまま、湯を口に運んだ。
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風が、天幕の布をはためかせる。
誰もまだ知らなかった。
この共闘の先に待つのが、ただの戦いではなく──
斎と白嶺、ふたりの“信と裏切り”を試す、最後の分かれ道となることを。
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