第五十六話 白嶺と覇王、盟を問う 第二節
──第二節:覇と海、言葉の剣
天幕の中は、外の喧噪が嘘のように静まり返っていた。
一張羅の布越しに光が柔らかく差し込み、中央には一枚の卓と、向かい合う二つの席。
先に着座していた斎は、姿勢を崩すことなく白嶺を迎える。
その傍ら、雲居が控え、反対側には篝が立っていた。
「久しぶりだな、白嶺殿」
斎の声は平坦で、しかしわずかに音が沈んでいた。
まるで、風のない水面を撫でるような口調。
「ええ、斎殿。あれからまた、ずいぶんと名を上げたそうで」
白嶺は軽やかに椅子に腰を下ろし、足を組んだ。
その動きに気負いはなく、むしろ舞台の中央に立つ主役のような余裕すら感じさせる。
「それにしても、噂通り。随分と人払いが徹底されていること」
「口は数より質ですので。あなたも、そうでは?」
「ふふ……では、“口”の質を、たっぷり試させてもらおうかしら」
場に、ひやりとした空気が落ちた。
雲居の手が、わずかに袂の下で強張る。
篝も視線を斜めに逸らし、白嶺の顔をちらと見上げた。
「さて。盟を結ぶには、まず“敵”を定めねばなりません」
斎が切り出す。
「伊火国──貴殿もかつて通商で因縁があると聞きました」
「ええ。奴らは、自らが“火”を名乗るくせに、海を侮った」
白嶺の目が細められる。
その奥に、怒りというよりも侮蔑に近い色が覗く。
「ならば一致しますね。
“鬼門州”を掃き清めるには、その前に“火の芯”を潰すべきです」
「賛成。ただし──」
白嶺がひとつ指を立てる。
「一戦交えるだけでは、信用に値しない。
そなたの“覇”がどこまで本気か、それを見極めさせていただきたい」
斎は一度だけ瞬きをした。
その口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「ならば、その目で確かめよ。
“非道”と罵られても、私の刃は民のために振るわれると──」
「……“民”のため、ね。まるで正義家のような口ぶり」
白嶺の唇が、挑発気味に歪む。
「違う」
斎はその言葉を切るように返した。
「“正しさ”ではなく、“選ばれねばならぬ現実”を語っているにすぎない」
静寂が、落ちた。
ただ、布越しの風が、天幕をわずかに揺らす。
やがて、白嶺が立ち上がった。
「面白いわね、斎殿。いいわ、一度だけ“共に行こう”」
「伊火を討ち、“覇”の本質を見せてちょうだい」
「その先に盟があるかどうかは……私の心が決めることにしましょう」
斎も立ち上がり、同じく一礼で返す。
「望むところです」
その瞬間、篝と雲居の背中に、同時にひやりとした汗が走った。
火花は散らぬまま、剣と剣が交わるような──
そんな会談の幕は、静かに下りた。
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